【連載】新しい短歌をさがして【3】服部崇


【連載】
新しい短歌をさがして
【3】

服部崇
(「心の花」同人)


毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。


カリフォルニアの雨

青木泰子の第三歌集『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022年)が出版された。

シャイアンの保護区の隣りの土地を買う砂塵吹きあげる風ともどもに 青木泰子『幸いなるかな』  

歌集の巻頭に置かれたこの一首は、以前、「心の花」新・百人一首(2020年9・10月号の特集に掲載)のために選ばせてもらった一首でもある。その際に書いたものをここに再掲したい。

歌集『とこしえの道』にある娘との関係を綴った歌などにも惹かれるが、平成29年の心の花賞奥田亡羊賞受賞作品から選んだ。アメリカの荒野に吹き荒ぶ風に立ち向かう姿がかっこいい。米国暮らしの長い作者は「心の花」歴も長い。渡米、離婚、再婚した夫との死別、三度目の夫との生活。折々の歌を掲載した長年の「心の花」が本棚をまるごと占拠していると聞いた。毎夏「心の花」全国大会でお会いするのを楽しみにしている。  

ひたすらな思いそのままアメリカの桜よさくら泣いてもいいですか 同上

在米の暮らしももうすぐ半世紀抱えきれない花束に似る      同上

例外になれず倒産花の店草地に捨てる冬の水音          同上

花屋を営んでいたからか、歌集には花に絡んだ歌が多くある。一首目、ワシントンDCのポトマック川のほとりには桜が植えられている。桜を見ると日本のことを思い出してしまう作者。二首目、半世紀におよぶ在米生活を何に喩えるか。作者は泣きたくなったこともあるだろうが、折々のことを思えば、花束のようだったとポジティブに認識する。三首目、営んでいた花屋は倒産してしまうが、この一首は作者が倒産を乗り越えて次を目指しているような前向きな印象を受けた。

単純な名前でよろしさいわいの幸という漢字を娘に教える     同上

エイプリルに生まれし児の手を濡らしつつこれが雨ですカリフォルニア 同上

お母さんの歌う童謡は古いのね覚えている娘が抱く児をあやす   同上

熱中症、後記高齢、カフェ難民、帰国の度の初めての日本語    同上

飼い主の未奈ちゃんを待つ午後三時時間がわかる犬の一日     同上

一首目、娘が児を産んだ。作者にとっては孫娘の誕生。「幸」という字を教える幸せ。二首目、孫娘が体験する雨はカリフォルニアの雨。三首目、娘は日本の古い童謡を歌う作者を笑う。四首目、日本に一時帰国する度に新しい日本語に驚く作者。五首目、孫娘は幸ちゃんと未奈ちゃんの二人らしい。すこし大きくなった未奈ちゃんの歌も引いておく。歌集の最終盤には大病をした歌が載っている。元気で長生きをしてください。

作者のアメリカでの長い暮らしと日本への思いが歌集の魅力をひきたてている。


【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。

Twitter:@TakashiHattori0


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