笠原小百合の「競馬的名句アルバム」【第5回】2013年有馬記念・オルフェーヴル


【第5回】
愛された暴君
(2013年有馬記念・オルフェーヴル)


クリスマスに向けて熱気を帯びる街並みを遠くに、日没を迎えた中山競馬場で一頭の馬を待っていた。これから、オルフェーヴルの引退式が執り行われる。主役がなかなか登場せず、オルフェーヴルに何かあったのではないかと不安が過る。しかしそれより何より、日の落ちた競馬場はとにかく寒い。それでも6万人以上の競馬ファンが、オルフェーヴルの登場を今か今かと待ち続けた。つい先程の鮮烈なオルフェーヴルの勝利だけが、冷え切った体の中心に熱を持って宿っていた。

オルフェーヴルは皐月賞、日本ダービー、菊花賞を制した史上七頭目の三冠馬で、GⅠを6勝した名馬。世界最高峰のレースのひとつであるフランスの凱旋門賞では2年連続2着と、その走りはとにかくパワフルで規格外。一言で言えば、強い。鞍上の池添騎手をレース後に振り落としたことが二度あり、そんな破天荒な振る舞いから暴君とも称されている。

筆者はオルフェーヴルの父・ステイゴールドを溺愛しているため、オルフェーヴルのことはデビュー当時から見守り続けてきた。三冠馬となり、日本競馬界を大いに盛り上げてきたオルフェーヴルのラストラン。それが2013年の有馬記念。これはもう、絶対に現地へ行かなければ後悔する。そんな思いで師走の中山競馬場へと足を運んだ。

(中山競馬場には13時着。すでに多くの人で混み合い、入場には30分以上を要した)

正直、有馬記念のレースをじっくり楽しみたい人は現地に行くべきではない。満員電車並みの人混みに揉まれ、まともにレースは観れないと思った方が良い。それでも筆者が現地へ行ったのは、噎せ返るほどの熱気、地を揺らす大歓声、年末の大レースの興奮を肌で感じたかったから。そして何より、最後にひと目だけでもオルフェーヴルに会いたかったから。最後の直線、筆者の目の前を先頭で悠々と駆け抜けていくオルフェーヴルの姿は今も脳裏に焼き付いている。ゴールの瞬間は何が何やらわからなかったが、結果、8馬身差の圧勝でオルフェーヴルは有終の美を飾っていた。

馬駈けて寒月光の道のこる  桂信子

「馬が駈けて」いき、その後に「寒月光」の差す道が静かに残っている。オルフェーヴルはこの「馬」であり、そして「寒月光」である。

オルフェーヴルは強く、美しい馬だった。金色のたてがみと尾を持ち、ウイニングランの西日に映える馬体はどんな生き物よりも神々しかった。オルフェーヴルの特徴でもある鋭い眼光もまるで寒月光のように思えてくる。

掲句は、ラストランではなく引退式の様子を思って取り上げた。あの日は曇りがちで寒月光が見られるような天気ではなかったが、引退式でオルフェーヴルが通ったその後ろには、彼自身の輝きが放った光の道が見えた。オルフェーヴルは引退したが、今は彼の子どもたちが同じターフを駆け、多くの競馬ファンを魅了してくれている。オルフェーヴルの去った後の「寒月光の道」を噛み締めて、これからも競馬と共に生きていけたらと思う。


【執筆者プロフィール】
笠原小百合(かさはら・さゆり)
1984年生まれ、栃木県出身。埼玉県在住。「田」俳句会所属。俳人協会会員。オグリキャップ以来の競馬ファン。引退馬支援活動にも参加する馬好き。ブログ「俳句とみる夢」を運営中。


【笠原小百合の「競馬的名句アルバム」バックナンバー】

【第1回】春泥を突き抜けた黄金の船(2012年皐月賞・ゴールドシップ)
【第2回】馬が馬でなくなるとき(1993年七夕賞・ツインターボ)
【第3回】薔薇の蕾のひらくとき(2010年神戸新聞杯・ローズキングダム)
【第4回】女王愛した競馬(2010年/2011年エリザベス女王杯・スノーフェアリー)


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