鶴の来るために大空あけて待つ 後藤比奈夫【季語=鶴来る(秋)】


鶴の来るために大空あけて待つ)

後藤比奈夫


10月2日、土曜日の太田うさぎさんの軽快な鑑賞は鴨だったが、今日は鶴を。私の場合、特に鳥が好きというわけでもないのだが、鷹や鶴の渡りがはじまるとどうも落ち着かなくなる。鷹はコロナ前までは対馬へ朝鮮半島から南下してくるアカハラダカの渡りを見に行っていたが、新型コロナウイルスの感染拡大で県を越えての移動が制限されたため行くことが出来なくなった。そこで調べてみると関門海峡をハチクマが渡っていくことが分かった。今まで知らなかったのが悔やまれたが、九州側から関門海峡そして洞海湾を眼下にする絶好の観察ポイントへ行ってみた。昨年は一日で二千羽、今年も千五百羽を越える渡りを見ることができ大満足。島の上や関門海峡をへだてた本州側で鷹柱がつぎつぎと上がり、肉眼でも見える高度をときには円を描きながら渡っていく。九州の北部沿岸を飛び中国へと渡りそこから南方へと下るらしい。果てしなく長い旅路である。鷹はさておき、話を鶴に戻そう。

鶴の渡来地として有名なところといえば、山口県周南市八代と鹿児島県出水平野がある。周南市八代は渡来数が年々減少しているが、出水平野は増えつづけ、10月中旬頃から一万羽をゆうに越える鶴がシベリアから越冬のためにやってくる。主な種類はナベヅル、マナヅルである。出水の人々は稲刈りが終わると渡来する鶴のために田を用意し、はるばる一年振りにやって来る鶴を今か今かと待つのである。

掲出句のポイントはやはり「大空あけて」であろう。誰のためにでもなく、渡来する鶴のためだけに、この澄みきった大空をと作者は高らかに詠う。漢字と仮名の配置も美しく、鶴が優雅に(鶴にとっては命がけの渡りであるが)飛びながらやってくる姿が字面からも見て取ることができる。

これは私の好きな句の一つでもあるが、〈二三歩をあるき羽摶てば天の鶴  野見山朱鳥〉の句は天上へ舞い上がる鶴の美しい姿を細やかに描きだし心に残る。

羽を広げ威嚇する鶴、求愛のディスプレイ、太陽を横切るように飛ぶ一棹の鶴どれも絵になる光景である。この冬はできれば行きたいものである。

新日本大歳時記』(講談社)より

千々和恵美子


【執筆者プロフィール】
千々和恵美子(ちぢわ・えみこ)
1944年福岡県生まれ。福岡県在住。「ふよう」主宰。平成15年「俳句朝日奨励賞」平成18年「角川俳句賞」受賞。句集「鯛の笛」。俳人協会評議員。俳人協会福岡県支部副支部長。



【千々和恵美子のバックナンバー】

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