神保町に銀漢亭があったころ【第26回】千倉由穂

俳人たちの惑星

千倉由穂(「小熊座」同人)

出版社に勤務するようになった頃に、神保町には俳人のバーがあるんだよと教えてもらった。それから時を待たずして誘ってもらい、句会で、何かの会の二次会で時折訪れる機会ができるようになった。奥のテーブル席で、手前のカウンターで、外のテーブル席で涼しい風を受けながら飲んだ時々のことを思い出す。

私の場合それだけでなく、仕事終わりに一人で入店する勇気が少し足りずに、お店の前の通りから、こっそり中を覗いて帰ることが、実はしばしばあった。奥まった店内には必ず笑顔が見えた。そんな日もあったからか、お店の中の記憶だけでなく、外からの光景も思い出される。銀漢亭は神保町にいつも青く灯っている、俳人たちの惑星という印象があった。

銀漢亭はそういうわけで、私とってひそかな憧れの場所になっていた。入れる時はわくわくした。嬉しかったのは、送別会を開いてもらったことだ。二〇一八年の夏に、一年の予定でフランスに行くことを決めた時、黒岩徳将さんが開催してくれたのだ。しばらく会えなくなる人達とずっと話していたかった。一升瓶、ビデオレター、カヌレ、色紙、どれも大切に覚えている。

そして、その時に偶然カウンターで飲んでいた堀切克洋さんにお会いした。後日、フランスから一時帰国されていたパリの俳句会の方々や、これからパリに暮らす歌人の方を銀漢亭で紹介してもらった。「銀漢亭の次はフランスで」と言い合って、不思議な気分になった。ひとつの惑星に集い合って、また次の惑星へとそれぞれ飛び立っていく、そんな心地がした。それから、銀漢亭での出会いは国を超えて、フランスで繋がった。

昨年の冬に帰国して、ご挨拶にと思っているうちに、地球にコロナウイルスが巡り始め、訪れることが叶わないままになってしまった。

またこの夏から神保町勤務になり、時折、銀漢亭のあった場所の前を通りたくなる時がある。あの時と同じように覗きこむと、ちゃんと思い浮かべることができる。青色の明かりが灯っていたことを。

【執筆者プロフィール】
千倉由穂(ちくら・ゆほ)
1991年、宮城県仙台市生まれ。「小熊座」同人。東北若手俳人集「むじな」に参加。現代俳句協会会員。


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