神保町に銀漢亭があったころ【第5回】月野ぽぽな

もう一つの故郷

月野ぽぽな(「海原」同人)

2010年、故金子兜太師主宰『海程』全国大会に合わせて、在住の米国ニューヨーク市から信州箕輪町へ帰郷中の6月11日金曜日、私は飯田線に乗り込んだ。

目指すは神保町「銀漢亭」。マスターの伊藤伊那男さんは、俳号から伊那谷出身の方に違いないと信じ、いつかお会いしたいと願っていたのだ。

夕暮れ時を大通りから路地に入ると白い電飾看板が目に留まる。

店正面には深緑の木製の看板。硝子に木枠の扉を開けると、奥に細長い空間を照らす、青い数多のライトが天の川を思わせる。お客の談笑がさざ波のよう。

眼差し優しいマスターにご挨拶。

果たして信州駒ヶ根市ご出身の伊那男さんは同郷の私を歓迎してくださり、更に長野県立伊那北高等学校の後輩とわかると話は弾み、来店の俳人に次々とご紹介くださる。

「銀漢亭」は、広く豊かな俳縁への扉だった。

(2010年6月 初銀漢亭 伊那男さんと)

興奮冷めやらぬまま一旦信州に戻ってから日本を発ったのだが、米国到着後間も無く、現代俳句新人賞受賞の朗報を得た。

授賞式のため同年10月に再び帰国した際にも「銀漢亭」へ。すでに親しい多くの笑顔が「おかえり」と迎えてくださった。

この滞在中、初めての現地参加が叶ったのは、伊那男さん主宰の超結社句会「湯島句会」。路地にも多くの参加者が句稿を読み耽り、句会の熱気は「銀漢亭」から神保町界隈に溢れ出ていた。

多彩な俳句群と今をときめく俳人たちとの出会いとに、興奮と幸福感に満ちた一夜だった。

(2015年6月 帰国時の歓迎句会にて)

気付くと「銀漢亭」は、帰国の際には必ず訪れる、もう一つの故郷となっていた。

2018年1月、角川俳句賞授賞式のために帰国した際にも盛大にお祝いしてくださった。

俳句と伊那谷がもたらしてくれたご縁である伊那男さんへの感謝の念は尽きない。

「銀漢亭」にて恵まれた数々の俳縁と思い出の一つ一つは、輝きながら天の川を成して私を満たしている。もう一つの故郷は今も私の中にある。

(2018年1月 角川俳句賞受賞のお祝い会にて)


【執筆者プロフィール】
月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)
1965年長野県生まれ。1992年より米国ニューヨーク市在住。2002年句作開始。2004年金子兜太主宰「海程」入会、2008年から終刊まで同人。2018年「海原」創刊同人。2010年から2013年終刊まで「湯島句会」参加。「豆の木」「青い地球」「ふらっと」参加。星の島句会代表。2010年第28回現代俳句新人賞、2017年第63回角川俳句賞受賞。

月野ぽぽなフェイスブック:http://www.facebook.com/PoponaTsukino


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