【第4回】巴里居候雑記

名取里美(「藍生」)


こんにちは、名取里美です。このたびは、28年ぶりのフランス滞在、わずか10日間の旅の話をさせていただきます。

息子がパリ政治学院に留学し、13区に借りたアパートに私たち夫婦が転がり込んだのは、2019年9月。このコロナ禍以前の落ち着いたひとときでした。パリのテロ事件、ノートルダム大聖堂の火災のあとで、フランス国鉄の長期ストライキが始まるころでした。

私は教会と美術館をメインに廻り、すっかり眼を奪われました。その時をかいつまみ、昨年末出版の拙句集『森の螢』(角川書店)に収めたフランス吟行句よりお話しいたします。 家族三人でモン・サン・ミシェルへ行こうと、まず、レンヌという街へ電車で出かけました。

サン・ピエール大聖堂でしばし祈りのときを。金色の天井の装飾がまばゆく、重厚なおもむきの教会でした。讃美歌をうたいはじめる婦人たちがいて、歌声が静かに響き渡りました。

レンヌは、朝市で有名。買物を楽しむ大勢のひとたちでにぎわっていました。歌い踊るひとたちも。地産地消の豊かさに憧れました。私たちは、苺とチーズとパンと珈琲を買って立ち食いの昼食。タボール公園の花壇は大きな花束のようでした。

夜はレンヌの安宿に泊まりました。宿の床が傾いていたので、安かったのでしょう。

仏蘭西窓あけて夜明けの渡り鳥   里美

時差で明け方に目覚めると、渡り鳥がレンヌの街中をいきおいよく渡ってゆきました。

レンヌからバスでモン・サン・ミシェルへ。レンヌのバス停でドイツ人の女性と立ち話。颯爽とした彼女は、休暇を利用し、名所旧跡をひとり旅しているそうで、京都へも行かれたとか。サン・マロがよかったから行ってみてね、と勧められました。

汐風にかはる花野の巡礼者       里美

遥かなるモンサンミシェル秋水に

すれちがふ馬車の馬の眼蔦紅葉

終点のバス停からモン・サン・ミシェルまで歩きました。付近は、潮が引いているときでした。遠くに見えるモン・サン・ミシェルですが、足もとの川にモン・サン・ミシェルの姿が映っていたので、びっくり。観光客をのせた馬車が行き来していました。かなしげな眼の馬でした。

その日は、モン・サン・ミシェルで一泊し、翌日、ドイツ人旅行者のお勧めのサン・マロを廻り、深夜にパリに戻りました。

焼失のノートルダムへ秋の蝶    里美

日本でも、ノートルダム大聖堂の火災の模様はニュース映像で流れ、悲しくなりました。

私がセーヌ河畔で見かけたのは、セーヌ河を渡って、ノートルダム大聖堂にかき消えた白い秋の蝶。蝶が天使のように清らかに思えました。

アパートの管理人さんによると、ノートルダム大聖堂の火災で内部の鉛が溶けて、付近の大気中の鉛濃度が高くなってしまったそうです。

ノートルダム大聖堂の再建の斬新なデザインが議論されていましたが、どんなかたちに再建されるのでしょう。

遊学子待ちてセーヌの秋の風    里美

「ルーヴル美術館のこの橋で待ち合せよう」と地図をみて、学校へ行く息子と約束していたのですが、待ち合わせ時間を過ぎても、会えませんでした。携帯電話はつながらない状態。付近の橋は実はたくさんあることに気づきました。ようやく40分後に会えました。存分にセーヌ河の秋風を浴びました。

パリの地下鉄で、夫はスリにあいました。現金の入っていない財布でしたので、電車の床に投げ捨てられて、難を逃れました。クレジットカードは足がつくので、盗まれにくいそう。

身にしむや掏摸(すり)の少女の眼の光   里美

私は、ルーヴル美術館に向かうセーヌ河沿いの道で、句帖を広げていると、離れたところから少女が「ペンを貸して」と近づいてきたので、危ない!と思いました。彼女のきらきら   した大きな瞳が目の前にきたとき横から別の少女が来て、私のショルダーバッグに手をかけたので、私は「Non,non!」と急いで走り逃げました。ふう、こわかった。。。 パリでは句帖を開かないことにしました。  

ルーヴル美術館では、閉館の18時までたっぷり鑑賞しましたけれど、全て廻れたわけでもなく、ルーヴル美術館に泊まりたいぐらい魅了されました。「イスラム美術展示室」があいにく閉まっていて、残念。

モナリザの青さ増したる良夜かな   里美

この日は、満月でした。日本では名月。以前見たモナリザより青く見えました。

名残惜しみながらルーヴル美術館を出ると、あたりの暗さに驚きました。

名月や巴里街頭に眠るひと      里美

読み耽る月のジャンヌダルク通り

ジャンヌダルク通りの息子のアパートの曲がり角に、二人の路上生活の男が寝泊まりしていました。そのそばを行き来する日々だったので、気になる二人でした。スリの家族たちも、あの二人もこのコロナ禍ではどうしているのでしょう。パリのことが伝えられるたびに思い出しています。

ルーヴル美術館は、地球上の数多くの国々の人々が自由に集まって、各国の美術作品を自由に鑑賞しながら過ごす、平和なグローバル空間でした。私には、そのことが妙に新鮮でした。芸術の前では、誰もが平等、仲間なのです。世界がこのような穏やかな空間を拡張させた社会になればいいのに、とふと思ったパリの居候のひとときでした。

ただ、今やパンデミック。世界中の人々に、安心の日々が訪れることを祈るばかりです。みなさまもどうぞお大切にご活躍の日々を!お読みいただきありがとうございました。


【執筆者プロフィール】
名取里美(なとり・さとみ)
大学で山口青邨、黒田杏子に師事。句集『螢の木』『あかり』『家族』『森の螢』。共著『鑑賞 女性俳句の世界』『東川町 椅子』『富山の置き薬』等。ラ・メール俳句賞、駿河梅花文学大賞、藍生賞受賞。現在、「藍生」所属 俳人協会幹事 鎌倉ペンクラブ会員 朝日カルチャーセンター講師。

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