はや濁る
──────────────────
谷田部慶太
封蠟にいにしへの文字猫の恋
黒文字をおろおろ拒むわらび餅
苗札をはなれぬ土の匂ひけり
曖昧なものに電波と葱の花
桜蘂降る一本の焼却炉
蜜蜂に毫のうたかた春の雷
蚊柱のかぎりを残照が通ふ
錫めいて泰山木の花と雨
高原の燐寸ちひさし夏の星
運ばれてクリームソーダはや濁る
顔に水ぶつけて洗ふ巴里祭
かなかなや砥石にかすかなる起伏
赤い羽根つけ劇場のくらがりへ
甕に翅うつすら水漬く秋の暮
冷ややかや箒ののこす塵ひとすぢ
酉の市夜空を浸すほどの灯が
さみどりに腿の汚るるラガーかな
一文字の泥はらはらとはがれけり
着ぶくれて鶴のごとくに歩む人
雪吊の中なる雨の強さかな
(出典:第11回石田波郷俳句大会作品集、2019年)