藁の栓してみちのくの濁酒 山口青邨【季語=濁酒(秋)】


藁の栓してみちのくの濁酒)

山口青邨


「濁り酒」とは米、米麹、水を発酵させ、醪を粗い布で濾したものである。またまったく醪を濾さないのが「どぶろく」。「濁り酒」は濾しているので酒税法では清酒に区分され、「にごり酒」はその他醸造酒となる。季語としてはどちらも濁りがあるので「濁り酒」として扱われているようだ。

酒は酒税法で勝手に作ることは禁じられているが、全国で何カ所かどぶろくの製造が許されている神社がある。古代から、収穫した米をどぶろくにして神に捧げた神事が連綿と受け継がれ残っているのである。その一つが、大分県杵築市にある白鬚田原神社である。毎年9月の終わりに豊作への感謝をこめて拝殿の横にある蔵で仕込みが行われ、10月これを神に捧げ、参拝者にもふるまうどぶろく祭りが行われる。この祭りは和銅3年(西暦710年)に始まったといわれているので、1300年余り続く神事である。1300年前といえば途方もなく昔だが、その当時のどぶろくはどんな味だったのか、一度タイムスリップして飲んでみたい気がする。このどぶろくはお神酒として振る舞われ何杯でもお代わり自由、ただし神社からの持ちだしは、かつては禁止だったようだが、今は飲酒運転防止のため、持ち帰り用の小さな瓶に入れたものがもらえるようだ。

掲出句は、藁の栓というところからして、自家用に家で作った密造のどぶろくではなかろうか。「みちのくの」というだけで、九州で生まれ育った私には十分に魅力があるのだが、今年出来たばかりのどぶろくを勧められ、たんまりと飲んだあと、お土産にもらったどぶろくの瓶を、藁の栓からこぼれないよう大事に懐に抱き、かつて訪ねたことのある北国の光景のなかを上機嫌でふらつきながら夜道を帰る漢の姿が見えてくる。父が酒好きだったこともあり、その血を受け継いだ私も少しはたしなむ。濁り酒は美味しいですよ。

10月火曜日担当、今回で終わりですと書いていたら、テレビで阿蘇山が噴火したと言っている。2日後に行くようにしているのだが・・・早くおさまることを祈りながら次の方へバトンを送ります。この一ヶ月有意義な楽しい時間をありがとうございました。

角川書店編「合本俳句歳時記 第五版」より

千々和恵美子


【執筆者プロフィール】
千々和恵美子(ちぢわ・えみこ)
1944年福岡県生まれ。福岡県在住。「ふよう」主宰。平成15年「俳句朝日奨励賞」平成18年「角川俳句賞」受賞。句集「鯛の笛」。俳人協会評議員。俳人協会福岡県支部副支部長。


【自選10句】

 双六の上りて博多一本締め

 親子鶴啄む嘴のふれあへる

 走らんと猛る山火を叩き伏す

 大阿蘇へ一鞭牧を開きけり

 疲れ鵜の喉の縄をゆるめやる

 オアシスの疎水ゆたかに青葡萄

 浮き彫りの女神立夏の水飲み場

 ゲートなき国境花野つづきけり

 鷹渡る海峡渦を絞るとき

 聖夜劇マリアもつとも無口な子


◆来月の「ハイクノミカタ」火曜日は、「百鳥」の望月清彦さんにご担当いただく予定です。よろしくお願いします。



【千々和恵美子のバックナンバー】

>>〔3〕どつさりと菊着せられて切腹す   仙田洋子
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ  後藤比奈夫
>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊     杉田久女


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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