神保町に銀漢亭があったころ【第105回】藤森荘吉

瓢箪から駒

藤森荘吉(「ホトトギス」「花鳥」「夏潮」)

《発端》:「お酒飲みながら俳句作っちゃいけないんですか?」 俳句に親しんで凡そ40年。俳句の手ほどきをするようにもなったある日、初学の人に質問された。「あ、気が利かなかったね、僕は今お酒飲まないから句会の後の飲み会がなくて」

《閏の日》:2016年2月29日、噂に名高い「銀漢亭」。飲んで食べて俳句という掛け声でアットランダムに選んだ8人の俳句歴はさまざまで、自己紹介から始まる句会がスタートした。閏年の閏の日だったので誰かが「閏の会(じゅんのかい)」と名付けた。

《よくも続いた50回》:「自由な会だから句稿は残さない。代わりに各自が感想を書き残そう」と、その場で思い立って文庫本大のノートに各自言葉を綴った。コロナ禍の為メール投句にして、銀漢亭ご亭主・伊藤伊那男さんに選を仰いだ今年4月の記載まで書き継がれたが、銀漢亭閉店に伴い、この会は50回目で一区切りになった。ノートによればこの間59人延べ404人が句を作った。「和平的な創作活動である俳句は敷居は低く奥は深い。先ずは誰でも歓迎」を標榜して、俳句の普及と深化に些かの貢献ができた。銀漢亭ご亭主及びスタッフ各位には、ただただ感謝なのである。

【余談】:「閏の会」の参加者は最年長77歳、最年少10歳(参加当時)、俳句にどっぷりの人、お酒目当て、誘われると気が弱くて断れない人、初めての人、“俳句のどこが面白いんだ説”の人、と多彩。

店の奥のテーブル席での会話
○「君が君の俳句選んじゃ駄目だよぉ」「えっ、アンタ達どうして先にそれ言ってくれないの?」 ○「ところでここで今作った俳句、一体どこでどう使うんだ?」「上司に出す年賀状に書くことがない時に使えます」 ○「最悪だった今日の仕事が今ここで浄化された」 ○「これは洗練された大喜利かいな?」 ○「12月11日にして私は今年187回目の句会です」。

【神保町界隈】
《個人的に》:母の実家のルーツが連雀町、若い頃は古本屋とスキー用品店に入り浸り、従兄の会社が美土代町-そこで、句会の前には付近を逍遥。

《あっこれも神保町》(添付の写真ご参照):「まちの記憶保存プレートガイド-高濱虚子旧居跡」は約40cm四方と目立たないが、神田神保町1丁目4番地クロサワビルの柱。メロンパンの店の脇に打ち付けてある。今はなき銀漢亭跡からは歩いて5分程の靖国通り沿いである。お訪ねあれ!


【執筆者プロフィール】
藤森荘吉(ふじもり・そうきち)
1953年東京生まれ。「ホトトギス」「花鳥」「夏潮」の各俳誌に所属、日本伝統俳句協会「卯浪俳句教室」講師。



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