笠原小百合の「競馬的名句アルバム」【第1回】2012年・皐月賞


【第1回】
春泥を突き抜けた黄金の船
(2012年皐月賞・ゴールドシップ)


2012年のクラシック第一戦、皐月賞。前日からの春の雨はしっかりとターフに水分を残し、朝方に止んだ。馬場状態稍重まで回復したが、コースの内側は荒れた状態。雨の名残もあり、かなり走りにくい。直線ではコースの外の方から乾いてきていたが、進路を外へとればその分コースロスが生じる。走りにくい内側を最短距離で行くか、大回りにはなるが比較的走りやすい外を通るか。この難解な選択がレースの明暗を分けた。

運命の最終コーナー。各馬がコースの外へ外へと殺到する。そんな中でただ1頭、コースの内を突き進む馬がいた。ゴールドシップだ。馬群が最後の直線に向いたとき、さっきまで後方に位置していたはずのゴールドシップは「いつの間にか」先頭集団に躍り出ていた。突如として現れたように見えた、芦毛の馬体。後に「ゴルシワープ」とも呼ばれるこの状況に観客も実況者もみな驚き、中山競馬場はどよめいた。

荒れて力の要る馬場に対応できるパワーをゴールドシップ自身が持っていたこと。そんなゴールドシップの能力を信じて、鞍上の内田博幸騎手が効率の良い内側のコースを選択したこと。様々な要素がぴたりと重なり合った。黄金の船は春泥を蹴り、1着でゴール板を駆け抜けた。

(日本ダービー出走時のゴールドシップと内田博幸騎手)

その後、ゴールドシップがダービー馬となる瞬間を見逃すまいと私は東京競馬場へと足を運んだ。2番人気に推されたゴールドシップ。結果は5着。しかしダービー馬の称号こそ逃しはしたが、秋には菊花賞を制しクラシック2冠を達成。その後も有馬記念、天皇賞・春を勝ち、宝塚記念を連覇するなど活躍した。現在は「ウマ娘」の影響もあり、引退後も多くの人に愛される存在となっている。

個人的な思い入れの強いゴールドシップについて語ればきりがない。しかし私が一番印象に残っているゴールドシップの出走レースを挙げるとすれば、やはり前述の皐月賞だろう。

春泥の道にも平らなるところ  星野高士

「春泥」は歩きにくい。ぬかるみにすぐ足を取られてしまうし、なるべく汚れないように滑らないように慎重になる。そんな「春泥の道」にだって比較的歩きやすい「平らなるところ」はある、という作者の発見。「春泥」をただ嘆くのではなく、「平らなるところ」を見つけ出してそこを歩いていこうじゃないかというポジティブさ、人生への積極性が感じられる。そして、ゴールドシップと内田博幸騎手もまた「春泥」の中に「平らなるところ」を見つけ出した。

(パドックを歩くゴールドシップ)

もし春の雨が降らなかったら、「春泥」がなかったら。ゴールドシップの勝利もなかったかもしれない。「春泥」すら味方につけたゴールドシップの勝利に、「俳句に生憎はない」と言ってどんな条件からでも句を生み出そうとする俳人の姿勢をつい重ねてしまう。俳句と競馬には親和性があると常々思うが、この句を繰り返し読めば読むほど、己の生きる姿勢を思うと同時に、皐月賞でのゴールドシップの勇姿が立ち上がってくるのだ。


【執筆者プロフィール】
笠原小百合(かさはら・さゆり)
1984年生まれ、栃木県出身。埼玉県在住。「田」俳句会所属。俳人協会会員。オグリキャップ以来の競馬ファン。引退馬支援活動にも参加する馬好き。ブログ「俳句とみる夢」を運営中。



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