笠原小百合の「競馬的名句アルバム」【第3回】2010年神戸新聞杯


【第3回】
薔薇の蕾のひらくとき
(2010年神戸新聞杯・ローズキングダム)


競馬の楽しみ方の一つに血統がある。競馬は血統のスポーツとも言われ、血縁関係が重要な意味を持つ。いま目の前を走っているのは一頭の馬ではなく、その背景には血統の海が広がっている。競馬の血統では母方の血縁を基準に考えることが多いが、今回はその中の「薔薇一族」と呼ばれる系統を紹介したい。

薔薇一族はフランスから輸入された繁殖牝馬ローザネイから派生し、小柄な身体、最後に追い込むレーススタイルの馬が多い。ローズバドという牝馬が活躍した2000年代初頭から「薔薇一族」の呼称が定着した。筆者はローズバドが好きで、ローズバドをパドックの最前列で見るために朝一番に競馬場へ足を運んだこともある。

ローズバド(写真=筆者提供)

ファンの多い薔薇一族だがG1ではなかなか勝てず、2009年の朝日杯フューチュリティステークスでローズキングダムが念願のG1初勝利を成し遂げた。このローズキングダムの母はローズバド。筆者が応援しない理由はない。次の年には3歳馬最高峰のレースである日本ダービーにも出走し、惜しくも2着となった。

ローズキングダム(写真=筆者提供)

同年9月、菊花賞に向けての前哨戦である神戸新聞杯。ダービー勝ち馬であるエイシンフラッシュが圧倒的1番人気に支持され、ローズキングダムは続く2番人気だった。ダービー1着2着馬の再戦ということで、2頭の一騎打ちを予想した人も多かっただろう。そして、それは現実のものとなった。

最後の直線、前を走る馬に進路を阻まれたローズキングダム。万事休すかと思ったとき、鞍上の武豊騎手の咄嗟の判断で道が開けた。けれどもすぐにエイシンフラッシュが馬体を並べてくる。ダービー馬のプライドと、ダービー2着馬の意地。息の詰まりそうな攻防が続く。しかし、ローズキングダムは最後までエイシンフラッシュが前に出ることを許さなかった。見事、ダービー馬への雪辱を果たしたのだ。

本番の菊花賞は2着に終わったが、それもまた愛すべき「薔薇一族」らしさなのかもしれない。

秋の風再び薔薇の蕾かな  正岡子規

秋の薔薇を詠んだ句だが、季語は「秋薔薇」ではない。寂しげな印象のある「秋薔薇」を季語として使わないことで、秋に再び咲こうとしている薔薇の蕾への穏やかな喜びが伝わってくる。一読後、じんわりと湧いてくる希望に心が満たされ、ローズキングダムの神戸新聞杯が思い起こされた。この「薔薇の蕾」が、菊花賞へ向けて再び咲き誇ろうとしているローズキングダムの姿と重なったのだ。薔薇の蕾を見つめる心情は、ローズキングダムを応援する人々の思いにシンクロする。「秋の風」はきっとローズキングダムの背をやさしく押してくれている。

どうにか勝って欲しい、勝たせてあげたい。そんな願いは馬のためを思ってであり、今まで繋いできた血統を残すためでもある。春も秋も、繰り返し咲き誇る薔薇。そのためには人による手入れ、管理が必要で、競走馬もまた同じ。気高く美しい薔薇の名を持つ一族が未来に続いていくことを願ってやまない。


【執筆者プロフィール】
笠原小百合(かさはら・さゆり)
1984年生まれ、栃木県出身。埼玉県在住。「田」俳句会所属。俳人協会会員。オグリキャップ以来の競馬ファン。引退馬支援活動にも参加する馬好き。ブログ「俳句とみる夢」を運営中。


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