【受贈誌紹介】谷口智行『俳句の深層』(邑書林、2025年)

本書は、第四句集『海山』で俳人協会賞を受賞した「運河」主宰・谷口智行によるエッセイ集である。

「帯」(といっても表紙に印刷されている)に「俳人協会賞受賞記念出版」とあり、その下には「しみじみと、ひたすらに」とあるのだが、しかし書くという一点において、谷口智行の近年の活動量には、驚くべきものがある。

『熊野、魂の系譜 歌びとたちに描かれた熊野』(書肆アルス)が刊行されたのが2014年、『熊野概論 熊野、魂の系譜Ⅱ』が2018年、『窮鳥のこゑ 熊野、魂の系譜Ⅲ』(2021年)という熊野三部作の熱量に加えて、2020年には『平松小いとゞ全集』(邑書林)という若くして戦死した俳人の名を蘇らせる仕事も行っている。そして、2022年、茨木和生より「運河」主宰を継承。

大阪で16年過ごしたのち、30年間を熊野という「陸の孤島」で過ごしている著者の「自然」観は、氏である茨木和生の仕事と同様に、都市に住むという選択をした人々にとって、幻惑的でさえある。単なる風土詠ではない、時代や場所を突き抜けた「何か」への思考が、間違いなくあるからだ。

本書の多くは、新主宰として「運河」という結社を率いていくにあたって、時として宣言的に、時として応答的に書かれた小文を編集したものであるが、「運河」の会員ではない一般読者にとってみても、ここで書かれている〈神的なもの〉への敬意と畏れは、興味がつきない。

テクストの強度としては、「熊野」という場所によって突き動かされた序盤のものが目をひく。一方で、中盤の俳句の実作指南(質問コーナーなどの回答は、杓子定規ではなく、読んでいて楽しい)、後半の同胞の句集評なども、著者の人間味をしみじみと感じさせ、読ませる。

「片闇」とは著者による造語で、〈送火や片闇なせる夜の櫂〉に拠る(86ページ)が、これに続くのが、「光を発することのない海と山は夜空よりも黒い。それらが身ほとりに横たわっていれば、片闇を成していれば、その気配が体に馴染み、心が救われるのである」という部分なのだが、じつはこのあとに、さらに2行つづく。

この最終行が、氏の自然観を雄弁に物語っているようだ──「熊野びとは闇に対する畏怖の念がない、と」。

谷口智行『俳句の深層』(邑書林、2025年)
価格 2200円(税込)
A5版ソフトカバー 212頁 
ISBN 978-4897099521




俳人協会賞受賞記念出版
俳句の奥処に潜むものを求めて
しみじみと、ひたすらに
光を発することのない海と山は夜空よりも黒い。それらが身ほとりに横たわっていれば、片闇を成していれば、その気配が体に馴染み、心が救われるのである。〈本文より〉

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