神保町に銀漢亭があったころ【第28回】今井肖子

俳縁は永遠

今井肖子(「ホトトギス」同人)

「では、私は仕込みがありますので」

俳句総合誌の鼎談を終えた伊那男さんは、そう言うとさっと帰ってしまわれた。

それまで波乱万丈ともいえるお話の一つ一つに(おそらく)口を半開きにしたまま聞き入っていた私は、さらにぽかんとして後姿を見送った。

すると「それじゃあお疲れ様ということで、ちょっと一杯やって帰りませんか」と編集長、俳句を始めて間もなかった上に人見知りでビビリなくせに飲みの誘いは断れない性分?ゆえ「はい」と言ってしまい、私たちは地下鉄に乗った。

「いらっしゃい、お疲れ様」

向かった先は神保町、扉を開けて私たちを迎えてくれたのは、さっきまでの俳人の顔からすっかり亭主の顔になった伊那男さんだった。

またまたぽかんとしている私に編集長が「この銀漢亭は俳人が集まる伊那男さんのお店なんですよ」と教えてくれた。

何を食べたか飲んだか、もう十五年ほど前のことで記憶にはないが、楽しく美味しい夜だったことは覚えている。

その後の私の俳縁の多くは銀漢亭があったからこそ生まれたものだ。

俳句をやっていて当然という環境にありながら四十代半ばまで俳句には正直興味がなかったにもかかわらずちょっとしたきっかけで俳句を始めた、という私にとっては当時、あれやこれやがけっこう重くややこしかった。

もちろん、それがなければ冒頭書いたような鼎談に句歴の浅い私が呼ばれるはずもなく、贅沢だ、自意識過剰だ、とも言われることも。

しかし銀漢亭では、多くの人と美味しいお酒を酌み交わし句座を囲み楽しい時間を共有することができた、本当に感謝しかない。

今は、勤め帰りに寄ってハッピーアワーの極上グラスビールをくいっと飲む、という小さな幸せがなくなったのがまた一入寂しいが、いただいた俳縁は大切にしたいと心から思う。

伊那男さんはじめ皆様のご多幸を祈りつつ、俳句と共にある人生を楽しめればとも。


【執筆者プロフィール】
今井肖子(いまい・しょうこ)
1954年神奈川県生まれ。ホトトギス同人。公益社団法人 日本伝統俳句協会本部講師。句集『花もまた』(角川書店、2013年)。好きなお酒は、日本酒・ビール・ワイン。



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