神保町に銀漢亭があったころ【第44回】西村麒麟

冬の夜

西村麒麟(「古志」同人)

銀漢亭で見た小話を一つ、僕はまだ20代でした。

冬の20時ぐらいの時間帯だったと思いますが、○大学OBだと名乗る内藤鳴雪みたいな白髭の三人組の老人達がほろ酔いで入店して来ました。どうも毎年やっている同窓会の帰りらしい。僕はカウンターで菊水をグラスで飲みながら、ボーっと老人達を眺めていました。どうもこの老人達は俳句をやるらしく、何やら大声で叫んでいます。「伊那男先生、我々の俳句を見てくれませんか!?」伊那男さんは「ほぉ、では拝見させていただきましょう」とちゃんと今夜も俳人兼マスター。老人は自信満々に紙に俳句を書き、それを厳かに読み上げる。

老人「去年今年昭和は遠くなりにけりィ!!」

なんと言う事でしょう。

去年今年貫く棒の如きもの 高濱虚子
降る雪や明治は遠くなりにけり 中村草田男

名句と名句をギュッとした句、二物がギュッと衝撃である。俳句がたとえ下手であっても誰にも笑う資格は無いとは思うけれど、いや、しかし、これは駄目だろと。

伊那男さんはにこやかに、ほぉ、なかなか結構な事です、これでいかがでしょうか、といくつかの句に○を付け、老人達は大満足をして帰っていきました。



翌日も僕は店に行き、いやぁ、昨日の、すごい句でしたね、頭の中で混ざるもんですかねとカウンターで昨日聞いた去年今年の句の話をすると意外な答えが。

伊那男さんは目を点にして、え?うそ?俺その句に丸付けてないよなぁ?と。

丸、付けてたら良いなぁ。

(角川俳句賞受賞パーティの2次会にて。右が西村麒麟さん、左は岸本尚毅さん)

【執筆者プロフィール】
西村麒麟(にしむら・きりん)
1983年生まれ。「古志」所属。


horikiri