【連載】もしあの俳人が歌人だったら Session#11

【連載】
もしあの俳人が歌人だったら
Session#11


このコーナーは、気鋭の歌人のみなさまに、あの有名な俳句の作者がもし歌人だったら、どう詠んでいたかを想像(妄想)していただく企画です。今月取り上げる名句は、田畑美穂女の〈いつ渡そバレンタインのチョコレート〉。この句を歌人のみなさまはどう読み解くのか? 今月は、鈴木晴香さん・三潴忠典・服部崇さんの御三方にご回答いただきました。


【2022年2月のお題】


【作者について】
田畑美穂女(1909-2001)は、大阪市生まれ。大阪道修町の薬種問屋に育ち、夫の死後は製薬会社を率いた実業家でもあった。はじめ短歌を詠んでいたが、1936年から高濱虚子に師事、「ホトトギス」同人に。なにわ言葉の美しさと情緒を伝える作風には定評あり。句集に『美穂女集』『吉兆』『美穂女集(二)』など。


【ミニ解説】

 俳句では2月から「春」。とはいえ立春を過ぎてもまだまだ寒く、「春寒」や「余寒」といった春の季語が使われることもしばしば。梅が花をひらき、黄水仙やクロッカスが群生し、鶯の初音が聞かれる日も近づいてきます。一年で日照時間の最も短い「冬至」から、昼夜の長さが同じになる「春分」までの90日ちょっとの中間地点が「立春」です。

 明治時代に入って新暦(太陽暦)が採用されると、2月に「お正月」を祝うことは少なくなっていきましたが、その代わり暦の上には「建国記念の日」が登場することになりました。これは、古事記や日本書紀で初代天皇とされる神武天皇が即位した日(旧暦の1月1日)を新暦にあてはめて出てきた日付で、明治の世では「紀元節」と呼ばれていたもの。1948年に廃止されることになりましたが、1967年からは「建国記念の日」として国民の祝日となっています。

 米ソ対立の1960年代、日本では「安保」をめぐる闘争が行われるなかで、このような「伝統」が作られることになった一方、欧米の文化のひとつとして「バレンタインデー」なるものが一般化していったというのは、逆説的なエピソードのようですが、ともかくも昭和40年代末から50年代にかけて、多くのチョコレート会社が、「バレンタインチョコ」の販売を推し進めていきました。

今年のロッテの販促のためのコピーは「バレンタインのせいにして。」 この最後の句点が、どこか郷愁さえそそる今日このごろです。

 いつしか、「バレンタインデー」「バレンタインの日」も2月を代表する春の季語となり、なかでもこの句がよく知られています。

 「いつ渡そ」という言葉から浮かんでくるのは、恋に思い悩んでいる女性ではなく、もっと気軽で快活な感じの女性。「いつ渡そ」と思ってるくらいなのですから、「どうでもいい相手」ではないはずですが、彼女のクールな情のありかたは、むしろ突き抜けていて、惚れ惚れします。美穂女にはこういう句が多く、ファンが多いのも頷けます。

ひよんなことよりのこたびの伊勢参
さよならと顔上げしとき雪女郎
鎌倉の何から話そ桜餅
堕ちてゆくヒロインかなし金魚玉
顔見世に来て不景気の話いや
何人にならうとおでん煮ておけば
気を張ってをらねば梅雨に負けさうな
涙不思議凍てし心のほぐれゆく    

 これでもうあなたも美穂女のファンのはず。現在でも俳句のメインストリームではない口語脈の文体は、どちらかというと、現代短歌で多く使われる文体に近いかもしれません。大雑把にいえば、美穂女の句には、ふとした瞬間の「気分」や「感覚」をさらりと詠み止めたものが多く、「何から話そ」「ヒロインかなし」「話いや」「涙不思議」というストレートな物言いが、読み手を時に楽しく、時にあたたかくさせてくれます。

 ちなみに、フランスでは日本とは逆に、「バレンタインの日(サン・ヴァランタン)」に、男性が女性に贈り物をするのが一般的(女性にお酒を注がせてはいけない国なので、「女性が男性をもてなす日」という発想自体がありません)。プレゼントの定番はチョコではなく、薔薇の花束や香水。また、この日ばかりはランジェリーショップにも男性の客が訪れることになります。もちろん、心のこもった愛の言葉を添えることも忘れてはいけません。

 プレゼントを渡す相手がいない方も、だいじょうぶ。愛は「帰りなしの片道切符」。乗り遅れても次の列車が必ずやってきます。ただ、たまに地獄行きの列車も通過するので、乗り間違えにはくれぐれもご注意ください。



2月14日は、資本主義への愛の告白の日。同僚には2,700円のチョコレート、愛する人には3,672円、自分へは5,670円。愛にこんなにも簡単に値段が付けられるのだ。愛を数値化してしまうことを告白し、懺悔する日、それがバレンタインです。

でも私は懺悔が好きなので、デパートのバレンタイン特設コーナー(8階)に何度も行く。懺悔が好き、というのはつまり、試食が好きなのである。

何軒か回っているうちに、試食が大盤振る舞いだったところがいいように思えてくる。後ろめたいのだ。あの味もこの味も試して、それで買わないとかちょっと人としてどうなの。そういう気分にさせるのが、敵の真の目的である。

しかし、世はコロナ。試食で大盤振る舞いなんて、もってのほかである。店員さんが誠実に、それは誠実にチョコレートの中身を説明してくれる。ありがとう。これにします。私の選択も誠実になる。

(鈴木晴香)



バレンタインデーのしきたりが、職場の部署ごとにあります。

最初は土木課で、男だらけなので何もありませんでした。次の福祉の部署は、女性一同からチョコをいただき、男性一同からお返しをしました。その年の取りまとめ担当が、確かタオルを選んだと思います。

現在の部署では係ごとにしきたりがあるようで、以前は女性二人、男性三人だったので、女性同士、男性同士でのプレゼント交換でした。今は女性一人、男性四人になってしまい、女性側の負担が大きいのを気遣ったのかなんとなく中止しています。ちょっぴり寂しいです。

義理チョコ文化は面倒くさい方もいるでしょうけれど、一年に一度でも身近な同僚がプレゼントを選んで渡してくれるというのは嬉しいものです。ところで女性側のプレゼントはチョコ一択でも間違いないところですが、男性側のホワイトデーのお返しは選択肢が広くて何を選ぶのかセンスが問われてしまいます。どうにかよい方法はありますかねえ。

(三潴忠典)



バレンタインデーは一年の中でもっとも嫌いな一日である。この日はなんとなく落ちつかない。男子校に通っていた高校時代はそれほどそわそわしなくて済んだ。その後は、チョコレートを渡されるのか渡されないのか、気になって一日中過ごして、何もなくその日が終わる。そんな一日を毎年過ごしてきた。そんな一日を日本中の人びとにもたらしたチョコレート会社の陰謀を深く恨んだこともあった。これは心の持ち様の問題であって、気にしなければいいのだ。それはそうだが、なかなか達観できない。誰も救ってはくれない。「バレンタインデーに贈り物をする習慣は教会とは関係ありません」と、ある教会のホームページにあった。この日の由来となった司祭ヴァレンチノは、もっとも憎むべき者として撲殺されたらしい。それを知ると、ますます落ち着かない。司祭を殉死に追いやったローマ皇帝クラウディオも日本人がこんな日を過ごさねばならないことはもちろん知らなかった。

(服部崇)


【ご協力いただいた歌人のみなさま!】

◆鈴木晴香(すずき・はるか)
1982年東京生まれ。慶應義塾大学文学部英米文学専攻卒業。塔短歌会所属。雑誌「ダ・ヴィンチ」の連載「短歌ください」への投稿をきっかけに短歌を始める。歌集『夜にあやまってくれ』(書肆侃侃房)Readin’ Writin’ BOOKSTOREにて短歌教室を毎月開催。第2歌集『心がめあて』(左右社)が今月発売! Twitter:@UsagiHaru

◆服部崇(はっとり・たかし)
心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)。 Twitter:@TakashiHattori0

◆三潴忠典(みつま・ただのり)
1982年生まれ。奈良県橿原市在住。博士(理学)。競技かるたA級五段。競技かるたを20年以上続けており、(一社)全日本かるた協会近畿支部事務局長、奈良県かるた協会事務局長。2010年、NHKラジオ「夜はぷちぷちケータイ短歌」の投稿をきっかけに作歌を始める。現在は短歌なzine「うたつかい」に参加、「たたさんのホップステップ短歌」を連載中。Twitter: @tatanon (短歌なzine「うたつかい」: http://utatsukai.com/ Twitter: @utatsukai



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