もしあの俳人が歌人だったら

【連載】もしあの俳人が歌人だったら Session#18

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【連載】
もしあの俳人が歌人だったら
Session #18


気鋭の歌人のみなさんに、あの有名な俳句の作者がもし歌人だったら、を想像(妄想)していただくコーナー。18回目を迎えました。今月のお題は、稲畑汀子の〈この出逢ひこそクリスマスプレゼント〉。野原亜莉子さん、鈴木晴香さん、ユキノ進さんの御三方にご回答いただきました。


【2022年12月のお題】


【作者について】
稲畑汀子(1931―2022)は、神奈川出まれの俳人。俳人・高浜虚子の孫。祖父と父・年尾から俳句の手ほどきを受け、1965年「ホトトギス」同人、1979年より主宰。カトリック信仰にも通じる前向きさ、謙虚さ、おおらかさが魅力。1987年には日本伝統俳句協会を設立、2000年には芦屋に「虚子記念文学館」を開館した。代表句に〈落椿とはとつぜんに華やげる〉〈空といふ自由鶴舞ひやまざるは〉など。


【ミニ解説】

12月の一大イベントといえば、何といってもクリスマス。イエス・キリストの降誕を記念する行事ですが、これはローマの暦で冬至にあたります。つまり、一年のうちで最も太陽の力が弱くなる日。そんな闇の力がもっとも強大になるとき、救世主たるキリストが誕生したという見立てですね。

でもそれだけでは、キリスト教国ではない日本で、クリスマスが普及する理由にはなりません。実は12月25日は、1926年に大正天皇が崩御した日で、昭和初期には「大正天皇祭」という休日となったのでした。そこに1920年代の消費文化の発展が加わって、神仏の国であるはずの日本にクリスマスは急激に定着したわけなのです。

……などという蘊蓄はさておき、作者の稲畑汀子は、高濱虚子の孫で、芦屋教会の信徒でもあるクリスチャンでした。

  クリスマスとはこの静けさの中にこそ

信仰を直接的には詠まなかった汀子ですが、クリスマスの句は作っています。街中の喧騒からも派手なイルミネーションからも遠く離れて、ひとりゆたかな時間を過ごすことを「この静けさの中にこそ」と言い切れるのは、自身がクリスチャンであるからでしょう。

今月の句である〈この出逢ひこそクリスマスプレゼント〉も、そのような立場に立たなければ、実に陳腐な表現として解釈されかねません。「商戦」のなかに取り込まれている多くの日本人にとって、プレゼントとは「物質」であって「精神」などではないからです(「心からの感謝を贈るよ」といって、恋人に何ももらえなかったら、がっかりするのではないでしょうか?)。

しかしこの作者は、今この瞬間のゆたかな「時」によって、もっとも深く心を満たされているのでしょう。それは、モノを贈られることによって得られる「豊かさ」や「幸せ」とは、本質的に異なるものです。

掲句は、アメリカに住む娘を訪ねた際に詠まれた句。時は、1988年12月、奇しくも昭和天皇が崩御する少し前のことでした。1979年に「ホトトギス」の三代目主宰となった翌年、1980年に夫に先立たれながらも、朝日俳壇選者や伝統俳句協会の設立などにも尽力していた50代の時期。

信仰の有無にかかわらず、クリスマスの「お祭り騒ぎ」は、悩み事や心配事を抱えた人にとっては、なかなか乗ることがむずかしいもの。本当の豊かさや幸せは、サンタクロースの親切心からも、イルミネーションの過剰な輝きからも、マライア・キャリーの厚化粧な歌声からも遠く離れた、「静けさ」の中にこそあるのかもしれません。



ヨーロッパの降誕祭(クリスマス)が好きだ。アドヴェントの時期、街に灯りが灯り始め、キリスト生誕の情景を再現した人形が飾られる。寒くて暗い冬を明るく彩る美しい季節。『飛ぶ教室』に描かれたように、クリスマスは家族で過ごす安らぎに満ちた日の筈だ。

ところがなぜか日本ではカップルで過ごす日になってしまっている。なぜかみんなチキンを食べ、イチゴの乗ったクリスマスケーキを食べる。話題といえばクリスマスイヴを誰とどう過ごすかばかり。

素敵な出逢いがあってカップルで過ごすテンプレートのような幸せもあるだろう。だけどそういう枠に当てはまらない幸せもあっていい。出逢ったのが恋人ではなく「推し」でも今時OKだと思うし、推しが人間ではなく、猫や人形であってもいい。クリスマスプレゼントというのはそれぞれの心の中にあって、いつも明るく輝いている。

(野原亜莉子)



何年前だろう。12月25日の夜、母と六本木をドライブした。六本木ヒルズができたばかりで、けやき坂のイルミネーションを見に行こうということになったのだ。ただ、道路はめちゃくちゃに混んでいて、気分は台無しだった。連なるブレーキランプが、私たちを長く染めていた。

もうすっかり遅くなった帰り道。銀座中央通りを抜けるとき、私は見てはいけないものを見てしまう。大きなトラックにクリスマスツリーが乱暴に投げ込まれ、代わりに門松が並べられてゆくシーン。冷たい夜だった。いくつもの屈強な影が、モミを運び出し、マツを運び入れ、街をお正月へと塗り替えていった。雛人形はすぐに片さなければならない、そういう風習が、クリスマスツリーにも正しく適用されるらしかった。

一方、フランスでは、クリスマスが終わってもぼんやりとツリーが飾られ続けているのを見た。1月6日の東方三博士の日を過ぎるころまでは、飾っておいて構わないようだ。ツリーを見ながら迎える新年は、ゆるく甘美な味わいだった。

出逢いはある日突然でもいい。でも別れは、こんなふうに、なんとなくなんとなく引き伸ばすほうがいいような気がしている。

(鈴木晴香)



信仰もないしプレゼントを心待ちにする年齢でもないけれども、クリスマスソングを聴くのは好きだ。ラジオで毎日マライア・キャリーや山下達郎がかかる季節になると、何もないのに少し浮かれた気持ちになってくる。ジョン・レノンのハッピー・クリスマスを聴くとその年を越してしまう世界の紛争を思う。

中でもいちばん好きなのは「The Christmas song」だ。「言い古された言葉だけれど1歳から92歳の子供たちへ送るよ、メリー・クリスマス」という歌詞の最後を聴くたびに温かい気持ちになる。あまったるい博愛主義かもしれない。でも祈りとユーモアが込められている。

近年はラジオを聴くことが減ってしまったが、Spotifyで検索すると一瞬で曲にたどり着くことができる。The Christmas songはもちろんナット・キング・コールのものが有名だけれど、他にもいろんな人がカバーしている。ジャクソン5、スティービー・ワンダー、エラ・フィッツジェラルド…。アリシア・キーズやジャスティン・ビーバーも歌っている。誰もがこの曲を、特に「1歳から92歳」のフレーズを歌うことを心から楽しんでいるように聴こえる。

Spotifyを聴きながら、僕も時々鼻歌で歌う。そして1歳から92歳の遠い友人たちのことを考えたりする。

(ユキノ進)


【今月、ご協力いただいた歌人のみなさま!】

◆野原亜莉子(のばら・ありす)
心の花」所属。2015年「心の花賞」受賞。第一歌集『森の莓』(本阿弥書店)。野原アリスの名前で人形を作っている。
Twitter: @alicenobara

◆鈴木晴香(すずき・はるか)
1982年東京生まれ。慶應義塾大学文学部英米文学専攻卒業。塔短歌会所属。雑誌「ダ・ヴィンチ」の連載「短歌ください」への投稿をきっかけに短歌を始める。歌集『夜にあやまってくれ』(書肆侃侃房)Readin’ Writin’ BOOKSTOREにて短歌教室を毎月開催。第2歌集『心がめあて』(左右社)が発売中!!
Twitter:@UsagiHaru


◆ユキノ進(ゆきの・すすむ)
1967年福岡生まれ。九州大学文学部フランス文学科卒業。2014年、第25回歌壇賞次席。歌人、会社員、草野球選手。2018年に第1歌集『冒険者たち』(書肆侃侃房)を刊行。
Twitter:@susumuyukino



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