神保町に銀漢亭があったころ

神保町に銀漢亭があったころ【第20回】竹内宗一郎

銀漢亭コネクション

竹内宗一郎(「街」編集長、「天為」同人)

銀漢亭は俳人の聖地エルサレムであった。エルサレムがユダヤ教、キリスト教、イスラム教という3つの宗教の聖地であるように、銀漢亭には伝統俳句協会、現代俳句協会、俳人協会という三つの協会、いやそれ以外からも多様な個性の俳人が集まり、語り、飲み、食い、たまに踊り、頻繁に句会が行われた。ある時はゆるく、またある時は緊張感をもって各々の教義を超えた名状しがたい混沌とした場を提供してくれる、そんな酒場だった。

僕が、銀漢亭に行くようになったのは、六年間続いた大阪勤務から東京に戻った2011年のこと。あの震災のあった年の夏、当時俳句総合誌の編集部にいた知人に連れて行ってもらったのが最初である。その時初めてお目にかかったのが先ごろ句集『また明日』を上梓された太田うさぎさん(当時は客として訪れていた)。その後八年余りを経て今は同じ結社「街」でご一緒している。不思議なものである。銀漢亭コネクションと言うべきか。

その後しばらくして、「天為」の内村恭子さんから「湯島句会」のことを聞き、川島秋葉男さんを紹介していただいた。そしてその句会に参加するようになるのだが、とにかく凄い句会だった。どう凄いのか、そのことについてはどなたかが書かれることだろう。

それ以降、お店に足繁く通った。通勤途中の神保町であったから通勤定期券でひょいと降りれば銀漢亭である。週2~3回は当り前。ピーク時には毎日いや、一日に2度行ったこともある。木曜日には後に「天為」の編集長となる天野小石さんが従業員として入っていてよく行った。    

とある日の伊藤伊那男亭主

店はいつも賑やかだったわけではない。客が少なく、店主伊那男さんからじっくりと歴史(特に日本史)に纏わる話などお聞きしたこともあるし、他に客が来ないので、早仕舞いして店主、従業員と他の居酒屋へ繰り出したこともある。

しかし大方は必ず誰か俳人が訪れていた。今にして思えば、自分が所属している結社以外の俳人と知り合うことができたのはほとんど銀漢亭のおかげである。

一つ思い出した。銀漢亭にはトイレが二つ並んでいた。向かって左が「男」、ここは小便器だけしかない、右は「女」と書かれている。夏だったと思うが、冷たいものを飲み過ぎ、その日はあいにく腹の調子が良くなかった。仕方なく店主にあらかじめ断って「女」と書かれた方のトイレで用を足した。すっきりして出てきたところを若手(当時)女性俳人にバッチリ見られた。

「きゃ~!この人、女便所から出てきた~!」と叫ばれた。ホトトギスの阪西敦子さんだった。もちろん必死に事情を説明したと思う。

最近、職場が比較的近い矢野玲奈さん、橋本有史さん、黒岩徳将さん等と時折「日本橋ランチ隊」と称して昼食を共にしている。皆かつて銀漢亭で立って飲んだ仲間だ。阪西敦子さんはそのランチ隊の隊長である。(つづく 否つづかない)


【執筆者プロフィール】
竹内宗一郎(たけうち・そういちろう)
「天為」同人・「街」同人編集長。



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