俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第18回】塩竈と佐藤鬼房

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【第18回】塩竈と佐藤鬼房

広渡敬雄(「沖」「塔の会」)

塩竈市は古くから、松島湾の南西にある港町で近年まで仙台の海の玄関口であった。東北鎮護の陸奥一の宮、鹽竈神社を有し、古今集の東歌「陸奥はいづくはあれど塩竈の浦漕ぐ舟の縄手かなしも」等、宮廷人の憧れの歌枕であった。芭蕉も仙台、多賀城を経て松島への途中に尋ね、『奥の細道』に「宮柱ふとしく彩橡きらびやかに石の階九仞に重なり朝日朱の玉垣をかがやかす」と名文を記すが、句はない。蝦夷鎮圧の拠点・陸奥国分寺の前身の多賀城跡には、日本三古碑の「壺の(いしぶみ)」があり、近くの歌枕「野田の玉川」「末の松山・沖の石」の遺跡も知られる。

切株があり愚直の斧があり      佐藤鬼房

松手入してみちのくの港かな     中村汀女

男の別れ貝殻山の冷ゆる夏      西東三鬼

御神馬も羽目板を蹴り梅雨長し    鍵和田秞子

道ばたにしぐれて沖の石といふ    富安風生

引鶴の径ひかりたる多賀城趾     宮坂静生

多賀城の紅葉しぐれにあひにけり   石原八束

壺の碑を見る秋風に(かぎ)鳴らし     松本 旭

塩竃のはつなつまずは蛸の足     高野ムツオ

三月のいつまた陰り(から)き海      渡辺誠一郎

〈切株があり〉の句は、昭和23年、29歳の作で、第一句集『名もなき日夜』に収録。塩竈の「鬼房小径」の小熊座(星座)の配列順の7句碑の中の一句。「戦後俳句の代表句、ただひたすら愚直で木を切ることだけの斧に自らの生き方を重ねた俳句」と塩竃市の解説がある。

鬼房小径(渡辺誠一郎氏撮影)

「愚直を抱え、愚直として立つ、紛れもない鬼房の世界である。この愚直を起点に「弱者の文学」としての俳句世界への道筋が明らかになって行く」(渡辺誠一郎)、「〈愚直の斧〉こそ、鬼房そのもの。「あり」のリフレインが抒情的にならず、逆に非情の世界の底知れなさを醸す」(角谷昌子)、「あえて十六音の字足らずにすることによって、一句の緊張感を増加させる。「愚直の」という無骨な内容も調べによってより強調される」(中岡毅雄)、「縛られていながら、縛られなていという不条理の中、とりとめのない時代気分で俳句と関わる己の姿」(谷口智行)等の鑑賞がある。

塩竃神社(塩竈市観光物産協会)

佐藤鬼房は、大正8(1919)年、岩手県釜石市生まれ、本名喜太郎。2歳から塩竈に移り、昭和10(1935)年、16歳で「句と評論」に参加する。兵役とスンバワ島捕虜生活を経て帰還し、同23年頃から西東三鬼に師事、「」「天狼」「海程」等の同人ともなり、兵役中に知り合った鈴木六林男と行動を共にしつつ、みちのくの土着性の強い社会性俳句を生み出し、第一句集『名もなき日夜』上梓後の同29(1954)年第3回現代俳句協会賞(茅舎賞改称)を受賞する。翌年には第二句集『夜の崖』上梓。胆嚢等多くの病巣を有し、何度もの手術を重ねながらも強靭な反骨精神で個性豊かな作品を発表した。昭和60(1985)年には、66歳で俳誌「小熊座」を創刊主宰し、高野ムツオ、渡辺誠一郎等の俊英を育てた。

胃切除、膵臓の半分、脾臓全摘した後、平成元(1989)年の句集『半跏坐』で第5回詩歌文学館賞、同5年には、句集『瀬頭』で第27回蛇笏賞受賞し、同14(2002)年1月19日逝去。享年82歳

句集は他に『何処へ』『風の樹』『霜の聲』『枯峠』『愛痛きまで」『佐藤鬼房全句集』『幻夢』他、随想集『沖つ石』、俳論集『片葉の葦』、エッセイ集『蕗の薹」がある。

壺の碑の東屋

「風土(土着の人)に加え、寒気を帯びた錆色の抒情体質(情念)で彩られた〈具象性)が他に抽んじている」(金子兜太)、「鬼房の俳句が多くの社会性俳句の運命を辿らずに読まれ続けたのは、不遇もイデオロギーも風土も、自らの生身を通して受け止め、そこに人間の原型を求めたからだ」(宗田安正)、「風土は外在化したものでなく、鬼房にとって始めから内在し、精神と深く結びついてもので、俳句は弱者の文学であると言い続けた」(高野ムツオ)、「かつて社会性俳句と呼ばれたなかで鬼房の作品は、そのロマンチズムで現代俳句の古典として今日に通じる」(仁平勝)、「境涯を詠みながらも、詩としての昇華を最優先した」(正木ゆう子)等の鑑賞がある。

怒りの詩沼は氷りて厚さ増す

齢来て娶るや寒き夜の崖

馬の目に雪降り湾をひたぬらす

半夏の雨塩竈夜景母のごと

陰に()る麦尊けれ青山河

鳥食(とりばみ)のわが呼吸音油照り

蟹と老人詩は毒をもて創るべし

雪兎雪被て見えずなりにけり

かなしみは背後より来る抱卵期

半跏坐の内なる吾や五月闇

みちのくの海がゆさぶる初景色

やませ来るいたちのやうにしなやかに

白桃を食ふほの紅きところより  

残る虫暗闇を食ひちぎりゐる

翼あるものを休ませ冬干潟

除夜の湯に有難くなりそこねたる

陸封のごと生くもよし峡の秋

秘仏とは女体なるべし稲の花

もしかして俺は善知鳥(うとう)のなれのはて

鳥寄せの口笛かすれ枯峠

秘してこそ永久の純愛鳥渡る

埋火のぬくもりほどのいのちなれ

明日は死ぬ花の地獄と思ふべし

全身創痍の病躯の中、生涯に13句集や多数の俳論集等の旺盛な作品を残したエネルギーには圧倒される。

みちのく人の反骨の気概と類まれな詩精神に基づくものであろうか。

先述の塩竈の「鬼房小径」の7句碑に加えて、自宅近くの交差点に「縄とびの寒暮いたみし馬車通る」の句碑があり、歌人塚本邦雄は、縄とびもそれを操る者も否風景の奥にひそむ人々の生が虐げられ傷ついてゐると言う。

又、仙台文学館には、佐藤鬼房コーナーがある。     

(「青垣」10号加筆再編成)


【執筆者プロフィール】
広渡敬雄(ひろわたり・たかお)
1951年福岡県生まれ。俳人協会会員。句集『遠賀川』『ライカ』(ふらんす堂)『間取図』(角川書店)。『脚注名句シリーズⅡ・5能村登四郎集』(共著)。2012年、年第58回角川俳句賞受賞。2017年、千葉県俳句大賞準賞。2017年7月より「俳壇」にて「日本の樹木」連載中。「沖」蒼芒集同人。「塔の会」幹事。


<バックナンバー一覧>
【第17回】丹波市(旧氷上郡東芦田)と細見綾子
【第16回】鹿児島県出水と鍵和田秞子
【第15回】能登と飴山實
【第14回】お茶の水と川崎展宏
【第13回】神戸と西東三鬼
【第12回】高千穂と種田山頭火
【第11回】三田と清崎敏郎
【第10回】水無瀬と田中裕明
【第9回】伊勢と八田木枯
【第8回】印南野と永田耕衣
【第7回】大森海岸と大牧広
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【第3回】葛飾と岡本眸
【第2回】大磯鴫立庵と草間時彦
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