俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第4回】仙台と芝不器男

【第4回】仙台と芝不器男

広渡敬雄(「沖」「塔の会」)

仙台は宮城県の中央部にある県庁所在地。奈良時代にこの地方の中心として国分寺等が建てられ、やや東部の宮城野は、萩の名所の歌枕であった。江戸時代に、伊達氏が岩出山から当地(千代)に城下を移って仙台と改称、六十二万石の城下町として栄えた。『若菜集・草枕』の島崎藤村や「荒城の月」の土井晩翠等日本近代詩の発祥地で、現在は東北第一の近代都市。欅並木が美しい「杜の都」でもある。   

あなたなる夜雨の葛のあなたかな 芝不器男
なほ北に行く汽車とまり夏の月  中村汀女
七夕を押し返す風ありにけり   阿部みどり女
広瀬川胡桃流るる頃に来ぬ    山口青邨
青葉の城この川下に阿部次郎   角川源義
棒稲架の立ちそめしかば蔵王澄む 西本一都
藤村の詩の宮城野も萩のころ   石塚友二

「仙台につく。みちはるかなる伊予の我が家をおもへば」の前書きの〈あなたなる〉の句は大正15年作。ホトトギス誌上で「この句は、作者が仙台にはるばるついてその道途を顧み、あなたなる、まず白河あたりだろうか、そこで眺めた夜雨の中の葛を心に浮かべ、更にそのかなたに故国伊予を思う、あたかも絵巻風の表現をとったのである」との虚子の名鑑賞を得て,不器男のデビュー作となった。

「虚子解以外にない。幽惋なる情趣と遊子のかなしみ」(石田波郷)、「初出は、兄嫁梅子宛の葉書であり、母と同じくらい慕っていた梅子の面影であろう」(谷さやん)等の鑑賞がある。仙台時代に寄宿した仙台市連坊小路・瑞雲寺境内と母校松野西小学校に句碑がある。

(瑞雲寺境内にある芝不器男句碑 撮影=筆者)

芝不器男は、明治36(1903)年、愛媛県北宇和郡明治村(現松野町松丸)に生まれる。代々庄屋で父や兄は村長・町長を勤めながら蚕種業を営み、祖父・父や兄姉も俳句を嗜む家風に育った。宇和島中学から旧制松山高校を経て、大正12年、東京帝大農学部林学科に入学、四国の山々や日本アルプスも踏破した。帰省中に関東大震災があり、東京に戻らず中退。姉の嫁ぎ先の句会に誘われ本格的に俳句を始める。大正14(1925)年、東北帝大機械工学科に入学し、仙台市瑞雲寺に寄宿した。意欲的に句作に励み、「ホトトギス」、「天の川」(福岡・吉岡禅寺洞)に投句した。「あなたなる」「永き日」「麦車」等は仙台での作品。大正十五年冬休みに帰省した後は仙台には戻らず、地元で句会を頻繁に開催した。昭和3(1928)年、実家が傾き、学資支援を受けていた遠縁の太宰家の長女太宰文江と二十五歳で結婚し、婿養子となる。翌年発病、文江を伴って九大大学病院に入院し手術を受け、その後「天の川」編集長の横山白虹が主治医となるも病状は進み、昭和5(1930)年2月24日逝去。享年26歳。

墓地は太宰家にある。昭和9年の限定300部、175句を収めた『不器男句集』(横山白虹編)、他に飴山實編『芝不器男句集 麦車』『芝不器男伝』、塩崎月穂編『不器男全句集』、谷さやん『芝不器男への旅』、村上鞆彦『芝不器男の百句』等がある。昭和63年、郷里松野町に生家を修築した芝不器男記念館が開館した。平成14年には芝不器男俳句新人賞が創設され、若手俳人の登竜門になっている。

「彗星の様に俳壇の空を通過した作家」(横山白虹)、「初期作品から完成度が高く、この鋭敏な言葉の魔術師には初めから未完成の美はない」(山本健吉)、「昭和俳句のある種の可能性を先がけて生きてしまった感じさえする」(大岡信)、「故郷松野川の溪谷にみなぎる嵐気が一貫して作品に流れ、その風物を正確無比なデザインで自分自身の身体を通してもう一度摑み直し、時間と空間の実在を言葉に置き換えた」(飴山實)、「二十六歳で夭折し、僅か数年間の作品は、抒情の清新、詩質の内容、作品の完成度と密度は四Sも及ばず、夭折の「マイナーポエット」と言える」(室田安正)、「さみしさと極まる孤独感に素直に向き合って生まれた作品は、九十年余たった今も不器男の青春そのままに新鮮な輝きを失っていない」(谷さやん)、「不器男の生きた言葉はうぶすなの風土を愛する人の優しいまなざしを伝える。それは早春の片栗や一輪草のような春の妖精の面差しの様である」(恩田侑布子)等々の評価がある。

卒業の兄と来てゐる堤かな
汽車見えてやがて失せたる田打かな
白藤や揺りやみしかばうすみどり
永き日のにはとり柵を越えにけり
人入つて門のこりたる暮春かな
麦車馬に遅れて動き出づ
向日葵の蕊を見るとき海消えし
泳ぎ女の葛隠るまで羞ぢらひぬ
川蟹のしろきむくろや秋磧
窓の外にゐる山彦や夜学校
草市や夜雨となりし地の匂ひ
柿もぐや殊にもろ手の山落暉
銀杏にちりぢりの空暮れにけり
かの窓のかの夜長星ひかりいづ
枯木宿はたして犬に吠えられし
桐の実の鳴りいでにけり冬構
寒鴉己が影の上におりたちぬ
一片のパセリ掃かるゝ暖炉かな
繭玉に寝がての腕あげにけり

匂うような青春性、やわらかな抒情味、正確な写生眼で、現代俳句の先駆者たる「夭折の俳人」として輝く。生涯職に従事せず、いい意味での高等遊民の純粋さに溢れる。

(「青垣」14号に加筆・再編成)


【執筆者プロフィール】
広渡敬雄(ひろわたり・たかお)
1951年福岡県生まれ。俳人協会会員。句集『遠賀川』『ライカ』(ふらんす堂)『間取図』(角川書店)。『脚注名句シリーズⅡ・5能村登四郎集』(共著)。2012年、年第58回角川俳句賞受賞。2017年、千葉県俳句大賞準賞。2017年7月より「俳壇」にて「日本の樹木」連載中。「沖」蒼芒集同人。「塔の会」幹事。


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