広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅

俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第62回】 佐渡と岸田稚魚


【第62回】
佐渡と岸田稚魚

広渡敬雄(「沖」「塔の会」)


佐渡は、本土、沖縄、北方領土を除き日本最大の島で、北の大佐渡山地、南の小佐渡丘陵、その間に米どころ国中平野、牡蠣の加茂湖がある。

奈良時代から一島一国で、国分寺が置かれ、流刑地として承久の乱の順徳上皇(火葬塚:真野御陵)、鎌倉新仏教の日蓮、正中の変の日野資朝、能の世阿弥(正法寺)等が配流された。流人と共に齎された能文化も盛んで三十近い能舞台がある。

世阿弥配所の正法寺の神事面げしみ

江戸時代は天領で佐渡奉行が支配し、相川金山、又南端の北前船寄港地の宿根木が栄えた。「佐渡おけさ」は関西から入り、金山の労働の唄が、盆踊りの唄に変わったもの。

佐渡金山(道遊の割戸)

日本種鴇絶滅後、放鳥されて十年の中国種鴇が国中平野を中心に野生化し優雅な飛翔が見られる。当島を訪ねなかった芭蕉は、奥の細道の途中、対岸の出雲崎で〈荒海や佐渡に横たふ天の川〉と詠んでいる。

鴇(佐渡トキ保護センター)

現在は、金山跡の坑道で電動人形の採掘が見物出来、北端の大野亀は初夏、トビシマカンゾウの大群地である。

トビシマカンゾウの大群地(大野亀)

水汲女寒の石段踏み減らし    岸田稚魚

日のかぎり牡蠣筏より陽炎たつ  加藤楸邨(加茂湖)

鰤起し大佐渡小佐渡つらぬけり  皆川磐水

国中といふ寂しさを耕せり    斉藤美規

右往左往して稲雀佐渡を出ず   津田清子

島といひ国といふ佐渡浮寝鳥   上田五千石

玉垣のはづれに残花真野御陵   森田 峠

減反の小佐渡にひとり菜種刈   黒田杏子

鵙の贄佐渡金山の登り口     栗田やすし

惜春や広げて朱鷺の風切羽    山口ひろよ

しぐるるや世阿弥能面伝不詳   広渡敬雄(正法寺)

稚魚〈水汲女〉の句は、佐渡島に十回余通い、「佐渡行50句」で第三回角川俳句賞を受賞した作品の一句で、第二句集『負け犬』に収録。島の南端・宿根木の称光寺に句碑がある。自註に「この集落は飲料水を汲むのに急な石段を登らねばならぬ。摩滅した石段は生活の厳しさを語っていた」とあり、「島人の生活が濃い哀歓の詩情となってほとばしっている」(大野林火)との鑑賞がある。

岸田稚魚「水汲女」句碑

「佐渡の稚魚」とも言われ、〈バスを追ひ雪の角巻(はね)ひろぐ〉〈しぐるるや芥ふちどり日本海〉〈廃れ坑口(しき)夕風花を吸ひやまず〉〈風垣に花嫁の影淡々し〉〈身姙りて日に八貫の牡蠣剝くか〉〈缺航のその夜の女烏賊臭し〉も名高く、真野町には〈雪ちらす竹の雀の版画村〉等の句碑が二つある。

稚魚は、大正7(1918)年、都内北区西ヶ原生れ。本名は順三郎。生家は代々酒屋を営み、父は俳句を親しんだが、肺結核で茅ヶ崎南湖院入院の21歳まで関心を示さず、当初は「馬酔木」「暖流」に投句し始めた。

加茂湖の牡蠣筏

胸郭成形手術を受けた後、「鶴」石田波郷の風切宣言に深く共鳴し入会、途中「鶴」の休刊の折には「寒雷」に移った。結婚し長女誕生後再び再発して清瀬病院に入院した。

宿根木の三角屋

昭和26(1951)年、33歳でガリ版の第一句集『雁渡し』を上梓、同29年、復刊「鶴」に復帰し、同32(1957)年、39歳で角川俳句賞受賞し、第二句集『負け犬』も上梓した。昭和43年、草間時彦、岡田日郎、鷹羽狩行等と超結社『塔の会』を結成し、波郷逝去三年後の同47(1972)年、第三句集『筍流し』で第12回俳人協会賞を受賞した。

宿根木の盥舟

昭和51年、手塚美佐、大井戸辿等と師波郷の〈琅玕や一月沼の横たはり〉から誌名とした同人誌『琅玕』を発行し、四号で休刊後は、結社誌として創刊主宰した。その後句集『雪涅槃』『萩供養』『花盗人』等意欲的な作句活動を行うと共に、岡本高明、小島健等の若手を育てた。

佐渡奉行所

句集『萩供養』は、『昭和の名句集を読む』(宗田安正)に掲載され、「稚魚俳句は、境涯俳句・韻文精神に加え、後年はその出自に培われた江戸の商人・職人文化を母体とした東京庶民の美感と芸の重視が見られる」と評される。

順徳天皇真野御陵

昭和63(1988)年、胃癌除去後、一時快方に向かうも脳血栓で逝去。享年70歳。写真も玄人跣であった。句集には他に自註句集『岸田稚魚集』、同続編。遺句集『紅葉山』、入門書『俳句上達の早道』等々がある。

大膳神社能舞台

「重く、暗い、自然の重圧に背を跼めて生き耐えてゆく様な風土と生活が彼の志す俳句にうってつけの素材で、佐渡の風土もそれであろう」(石田波郷)、「極度の単純化の稚魚俳句は、鑑賞を読者に任せるきわどさで独壇場である」(草間時彦)、「心身もろとも波郷、殊に『風切』」時代に洗礼を享け、自らの俳句を成熟させつつ、飄々たる俳風を達成していった」(山田みづえ)、「療養生活の境涯俳句から、千葉県片貝の米軍射撃演習場反対運動も詠った社会性俳句の創始者は、能村登四郎『北陸紀行(内灘)』『合掌部落』や沢木欣一『能登塩田』に先行し、その後佐渡連作で風土俳句の先駆けとなった」(筑紫磐井)等々の鑑賞がある。

ふたもとの榎しぐるる月日かな(胸郭手術後西ヶ原に帰る)

草木より人翻る雁渡し

妻恋し子恋し雪後の日が赤き (印刷庁東京病院入院)

雪原より低し絶対安静位

女の素足紅らむまでに砂丘ゆく

嬰児まつげを長くしねむる流氷来 (紋別)

母に蹤き筍流しこそばゆし

うすら日のそこに紫式部かな

四万六千日なる大き夜空あり

波郷忌の冷え込んでくる草の音

雪吊の縄しゆるしゆると投げられし

光陰のやがて薄墨桜かな (根尾)

水の音してそれよりは秋の風

水際のうごいてゐたる朧かな

ほうたるの月に触れしは落ちにけり

枯れ急ぐものに七草のほかさまざま

スペインより戻りて春夜深くせり

満開の風の辛夷はいつもはるか

十月のてのひらうすく水掬ふ

なまぬるき夕日をそこに龍の玉 

肺結核による境涯俳句、社会性俳句を経て佐渡の風土俳句で一世を風靡し、その後しばらく、角川俳句賞は社会性俳句、風土俳句が続出した。後年は、草間時彦、宗田安正の指摘通り、緩い粋な庶民感覚の句風を確立した。今井杏太郎の誘いで訪ねたスペイン、そのジプシーの哀愁あるギターの調べが、稚魚俳句の調べと重なるとも言われる。

(「たかんな」令和二年一月号 加筆再校正)

大佐渡山地最高峰金北山

【執筆者プロフィール】
広渡敬雄(ひろわたり・たかお)
1951年福岡県生まれ。句集『遠賀川』『ライカ』(ふらんす堂)『間取図』(角川書店)。『脚注名句シリーズⅡ・5能村登四郎集』(共著)。2012年、年第58回角川俳句賞受賞。2017年、千葉県俳句大賞準賞。「沖」蒼芒集同人。俳人協会会員。日本文藝家協会会員。「塔の会」幹事。著書に『俳句で巡る日本の樹木50選』(本阿弥書店)。


<バックナンバー一覧>

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【第60回】貴船と波多野爽波
【第59回】宇都宮と平畑静塔
【第58回】秩父と金子兜太
【第57回】隠岐と加藤楸邨
【第56回】 白川郷と能村登四郎
【番外ー3】広島と西東三鬼
【番外ー2】足摺岬と松本たかし
【第55回】甲府盆地と福田甲子雄
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