広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅

俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【番外−2】 足摺岬と松本たかし

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【番外−2】
足摺岬と松本たかし

広渡敬雄(「沖」「塔の会」)


足摺岬は四国最南端で、80メートル余の海蝕崖の絶壁。ビロウ・アコウ等の亜熱帯林や椿林が繁茂し、日本最大級の白亜の灯台(日本灯台50選)が立ち、四国最大の霊場の一つ、第三十八番札所()跎山(だざん)金剛福寺がある。

足摺岬と灯台

ちなみに「()()」は足を摺るとの意味でその縁起で、補陀落渡海の地でもある。人生に絶望した青年の回生と、赤い糸で結ばれた人との出会い、戦後再び訪ねるという物語の田宮虎彦の不朽の名作「足摺岬」が当地を一躍有名にした。

岬の沖は鰹、鯖の好漁場で、名物の鰹のタタキは土佐清水が発祥地である。江戸時代より捕鯨も盛んで、現在は土佐湾の観鯨(ホエールウォッチング)が名高い。

観鯨船(宇佐ホエールウォッチング協会)

海中(わだなか)に都ありとぞ鯖火燃ゆ    松本たかし

われいまここに海の青さのかぎりなし 種田山頭火

岩は皆渦潮しろし十三夜     水原秋櫻子

足摺にはじまる土佐の春かとも  高浜年尾

灯台へ椿の径のかくす海     長谷川素逝 

足摺は遍路しんじつ鈴の澄む   斎藤美規

補陀落の海より戻る夜焚舟    亀井雉子男

水温む鯨が海を選んだ日     土肥あき子

鯨の尾祈りのかたちして沈む   仲 寒蝉

鯨骨一体夏の怒濤をなつかしむ(四万十市)土方公二

「海中」の句は、たかしの代表句で、昭和28年の作、第五句集『火明』に収録の「足摺岬」29句の一句で、他に〈夜長星低くぞ燃ゆる崎を高み〉〈宵闇に漁火鶴翼の陣を張り〉等がある。「「鯖火」は火光に集まる鯖の習性を利用し、夜間に火を焚く漁で夏の季語。「海中に都ありとぞ」と荘重に詠いあげたところが眼目。沖合に連なる鯖火の壮観と相まって、安徳天皇を奉じて海中に没した平家一門が思い浮かぶ幻想的な世界を描出」(鷹羽狩行)の鑑賞がある。

足摺岬の椿のトンネル(土佐清水市観光商工課)

たかしは明治39(1906)年、能役者シテ松本長の長男として東京市神田猿楽町に生まれ、本名は孝。祖父曽祖父は幕府所属宝生流座の能役者で、自身も5歳から能の稽古を始めた。8歳で初舞台を勤め、稽古に励むも14歳の大正9年、肺尖カタルとなり、静岡県沼津市静浦で療養を始める。父が入会していた「ホトトギス」を読み始め、大正12(1923)年、17歳で高浜虚子に師事した。能役者になる夢は捨てなかったものの、神経衰弱の徴候が現れ、ノイローゼにも悩まされて、同15年、本格的に俳句に取り組み始めた。

胸部疾患、神経症に苦しみながらも、昭和4(1929)年、ホトトギス3月号で巻頭。23歳で最年少同人に推挙され、高田つやと結婚、「鎌倉句会」を起こす。父が脳溢血で死亡した同10年、29歳で虚子の序文を得た第一句集『松本たかし句集』を上梓。虚子の庇護のもと、同年、第二句集『鷹』、同十六年、第三句集『野守』を上梓し、川端茅舎、中村草田男とともにホトトギスの代表作家として活躍した。

蹉跎山金剛福寺

疎開していた岩手県から戻った昭和21(1946)年、「笛」を創刊。体調に因り作品の良し悪しはあるものの、意欲的に全国を廻り作句に努めた。同29年、前年上梓した第四句集『石魂』で第五回読売文学賞を受賞したが、同31年5月11日、杉並の自宅で逝去。享年50歳の若さだった。虚子は〈牡丹の一弁落ちぬ俳諧師〉の追悼句を詠んだ。三崎港の本瑞寺の墓に、〈宝珠不壊蘇鉄の花の秋に入る〉の句碑がある。

能と俳句とは、伝統的なという点では一致する以外は、全く別種の芸術であると述べる。宿痾で能を断念したため、同じく画家を断念した茅舎とは親しく、句兄弟とも言うべきで、草田男は「茅舎の浄土」、「たかしの楽土」と称した。その茅舎からは「生来の芸術上の貴公子」と評された。

「幼少から能楽で鍛えた審美的精神は、『形』の整いに対して誰よりも潔癖で、芸能の名門に生まれた気品、育ちの良さは争えない」(山本健吉)、たかし俳句が当初から完成度が高かったのも、能の型を体得した美意識が句作に受け継がれたからだ。但し、病による死の影に脅かされつつも『虚無の余裕』というべきユーモアの作品も多い」(饗庭孝男)、「たかしは、自然詠、羈旅諷詠、日常吟いずれも一詠一詠の奥にひそむ芸そのものを光りあらしめるべき真剣勝負で励んだ」(上村占魚)、能の代りに俳句を志した心中には、自ら目指した美意識を追い求めた求道者としての姿がある」(中岡毅雄)、「その生涯には能役者を捨てねばならなかった負い目が重くあった」(橋本石火)、「いつも聡明に何も彼も意識しているようで、ぎりぎりのところで意識を外れているところが、たかしの恐ろしさである」(青木亮人)、「単なる閉鎖性とは異なるユートピア的な空間、ある種の規矩の内に於ける詩心の発露が作者の基底をなしている」(冨田拓也)、「たかしにとって、俳句は刹那の記憶を留めておく器ではなかったか。俳句の中におさめることで、いつでも新しく甦らせることができる」(高柳克弘)等々の評がある。占魚はたかしの高弟で、師の全集の編纂や評論も多い。句集のほか、伝記小説『初神鳴』、随筆・評論『鉄輪』『俳能談』など多数がある。

仕る手に笛もなし古雛

流れつつ色を変へけり石鹸玉

羅をゆるやかに著て崩れざる

金魚大鱗夕焼の空の如きあり

芥子咲けばまぬがれがたく病みにけり

十棹とはあらぬ渡しや水の秋

玉の如き小春日和を授かりし

秋扇やうまれながらに能役者

とつぷりと後ろ暮れゐし焚火かな

水仙や古鏡の如く花をかゝぐ

枯菊と言捨てんには情あり

日の障子太鼓の如し福寿草

松虫にささで()る戸や城ヶ島

チチポポと鼓打たうよ花月夜

暮れてゐるおのれ一人か破蓮

夢に舞ふ能美しや冬籠

蟹二つ食うて茅舎を哭しけり(茅舎訃音到る)

雪だるま星のおしやべりぺちやくちやと

眠りゐし檜山は餘木あらしめず(木曾赤沢)

避けがたき寒さに坐りつづけをり(生涯最後の句)

たかしに代わり能を継いだ弟の松本惠雄は、人間国宝となった。能を諦めた後は、鼓を愛したが、俳句を「経験―把握―表現」の瞬時の文芸と認識したのは、鼓のポンという短い音響の中で完結するとの思いを強くしていたのだろう。茅舎とともに、現代俳句で最も比喩を多用し、優れた比喩を駆使したふたりが、同じ様な境遇から俳句に取り組んだのも何かの縁かも知れない。

(書き下ろし)


【執筆者プロフィール】
広渡敬雄(ひろわたり・たかお)
1951年福岡県生まれ。句集『遠賀川』『ライカ』(ふらんす堂)『間取図』(角川書店)。『脚注名句シリーズⅡ・5能村登四郎集』(共著)。2012年、年第58回角川俳句賞受賞。2017年、千葉県俳句大賞準賞。「沖」蒼芒集同人。俳人協会会員。日本文藝家協会会員。「塔の会」幹事。著書に『俳句で巡る日本の樹木50選』(本阿弥書店)。


<バックナンバー一覧>

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【第54回】宗谷海峡と山口誓子
【番外ー1】網走と臼田亞浪
【第53回】秋篠寺と稲畑汀子
【第52回】新宿と福永耕二
【第51回】軽井沢と堀口星眠
【第50回】黒部峡谷と福田蓼汀
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