俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第23回】木曾と宇佐美魚目

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【第23回】
木曾と宇佐美魚目

広渡敬雄(「沖」「塔の会」)


すぐ氷る木賊の前のうすき水     宇佐美魚目

送られつ送りつ果ては木曾の秋     松尾芭蕉

お六櫛つくる夜なべや月もよく(奈良井宿)山口青邨

木曾のなあ木曾の炭馬並び糞る     金子兜太

 露の捲く一樹は椹木曽路ゆく      井沢正江

苧環や木曾路は水の音の中       蟇目良雨

味噌樽を干す木曽谷の暮早し     伊藤伊那男

木曾は長野県の南西部、江戸時代に中仙道の十一宿があり、木曽福島に関所が設けられた。文豪島崎藤村は『夜明け前』で「木曽路はすべて山の中」と書いており、奈良井、妻籠、馬籠には昔日の「宿」の面影がそのまま残る。

檜の大樹(赤沢渓谷)

芭蕉は、姨捨山の秋の月を見んと美濃の門弟に送られて旅立った(「更科紀行」)。木曾五木(檜、椹、鼠子(ねずこ)翌檜(あすなろ)高野(こうや)(まき))は尾張藩の時代から手厚く保護され、明治以降は森林鉄道が巡らされ、御嶽山裾野の旧開田村は嘗て木曽馬の生産が盛んであった。奈良井・薮原宿の間の鳥居峠は日本大分水嶺で、以北は善光寺平を経て信濃川となり日本海に、以南は寝覚の床等を通り木曾川となり太平洋に流れる。

〈すぐ氷る〉の句は、昭和47年作で第二句集『秋収冬蔵』に収録。当時毎年通っていた木曾・灰沢鉱泉での作で魚目の代表句。「人間をも一体とした魚目の山水がある。しかも山水玄々、玄は黒の中に赤をふくんだ幽遠の色をいう」(森澄雄)、「宿の玄関先に、山水を竹で引いたつくばいがある。それを囲むように木賊叢があり、まるで魚目の聖地。「うすき水」が勘所で,厳寒の中に春の息吹を感じさせる」(武藤紀子)、「写生句としてのアリバイは保ちながら、表現されているのは、作者のひりひりするような独自の〈感覚〉である」(正木ゆう子)等の鑑賞がある。尚灰沢鉱泉は、〈山の蟇二つ露の眼良夜かな 森澄雄〉、〈木曾の犬氷りし胸毛鳴らし過ぐ 大串章)の名吟を生んだ伝説の宿でもあるが、惜しむらくは三年前に廃業した。

伝説の灰沢鉱泉

宇佐美魚目は、大正15(1926)年、名古屋市生れ、本名は和男、父は俳人でもあった野生。昭和20(1945)年、兵役復員後父の勧めで俳句を始め、翌年には高浜虚子に師事し、その後8年間鎌倉に通い、句稿を見てもらい、虚子の媒酌で結婚。書道塾を開くと共に、野見山朱鳥(菜殻火)、波多野爽波(青)、橋本鶏二(「年輪」後に師事)とも懇親を深め、同33年虚子死後「ホトトギス」を離脱し、先の三名と福田蓼汀(山火)の「四誌連合会」の結成に加わり、第一回「四誌連合会賞」を受賞。馬場駿吉、吉本伊智朗、大峯あきら、友岡子郷等とも交遊し、翌年33歳で第一句集『崖』を上梓した。

シベリア抑留帰りの香月泰男の絵画を知り、終生交遊を深めると共に、同38(1963)年、「青」に同人参加、加藤楸邨、川崎展宏、大串章を知り、意欲的に句集『秋収冬蔵』『天地存問』を刊行すると共に、同59(1984)年、大峯あきら、岡井省二と「晨」を創刊し(創刊同人)、中村雅樹、武藤紀子等を育てた。平成11(1999)、「愛知県芸術文化選奨」を受賞し、第七句集『松下童子』上梓後、平成30(2018)年10月19日逝去。享年92歳。

寝覚の床

句集は他に『紅爐抄』『草心』『薪水』『魚目句集』。「魚目俳句は、根幹たる格調高い美意識と存問(万象の安否を問う、訪ねて慰める)が見事に融合している」(武藤紀子)、「他人に分かってたまるかに俳人魚目の面目がある。俳句の道に進むしかないという若い時の切羽詰まったものが、「私の心」を詠もうとする先生の俳人としての自負と悲しみにも繋がる」(中村雅樹)、「俳句は不思議な詩だと、香気を含む魚目俳句に教わった」(小澤實)、「魚目俳句は、天地存問を求め、形象性を保ちつつ、心象詩の深みまで到達した」(角谷昌子)「魚目の俳句は、季語で言えば秋冬、殊に冬の詩人の印象。その俳句世界が、囲炉裏や火鉢に身を寄せて暮らして来たかつての日本人の身体の記憶が濃厚に湛えられているからだ」(高山れおな)、等の鑑賞がある。

空蝉をのせて銀扇くもりけり

箱眼鏡みどりの中を鮎流れ(ホトトギス雑詠巻頭)

月の雨棗に色の来つつあり

馬もまた歯より衰ふ雪へ雪

悼むとは湯気立てて松見ることか 

落日を境に氷り鷹ヶ峯

藁苞を出て鯉およぐ年の暮

死を知らずよべ望月を梅の中 悼香月泰男先生

あかあかと天地の間の雛納

最澄の瞑目つづく冬の畦

白昼を能見て過す蓬かな

雪吊や旅信を書くに水二滴

東大寺湯屋の空ゆく落花かな

播州の夕凪桃を見て来たり

雪兎きぬずれを世にのこしたる

手をのべて天地玄黄硯冷ゆ

きのふけふ立てたる畝か初しぐれ  

初夢のいきなり太き蝶の腹

雨粒のはじめの音を春焚火

巣をあるく蜂のあしあと秋の昼

雪解山描くに一本朱をつよく

吹きつけしかたちにものの氷りたる

滝みちや日のさしてゐる母の帯

青空や三河の国の餅の音

日盛りの松は松なり竹は竹   

欷歔(ききょ)されば手紙としたり冬干潟 武藤紀子母上を失ふ

今ゆきし霰よ虚子の華奢な手よ

骨格正しい句から生み出される虚実皮膜の世界が、かくも澄んでいるのは、その詩精神からであろう。絵画にも造詣深い書家・魚目の俳句が心に深く刻み込まれる。

(「たかんな」令和三年七月号より転載)  


【執筆者プロフィール】
広渡敬雄(ひろわたり・たかお)
1951年福岡県生まれ。俳人協会会員。句集『遠賀川』『ライカ』(ふらんす堂)『間取図』(角川書店)。『脚注名句シリーズⅡ・5能村登四郎集』(共著)。2012年、年第58回角川俳句賞受賞。2017年、千葉県俳句大賞準賞。2017年7月より「俳壇」にて「日本の樹木」連載中。「沖」蒼芒集同人。「塔の会」幹事。


<バックナンバー一覧>

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【第21回】玄界灘と伊藤道明

【第20回】遠賀川と野見山朱鳥
【第19回】平泉と有馬朗人
【第18回】塩竈と佐藤鬼房
【第17回】丹波市(旧氷上郡東芦田)と細見綾子
【第16回】鹿児島県出水と鍵和田秞子
【第15回】能登と飴山實
【第14回】お茶の水と川崎展宏
【第13回】神戸と西東三鬼
【第12回】高千穂と種田山頭火
【第11回】三田と清崎敏郎


【第10回】水無瀬と田中裕明
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【第3回】葛飾と岡本眸
【第2回】大磯鴫立庵と草間時彦
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