ハイクノミカタ

スバルしずかに梢を渡りつつありと、はろばろと美し古典力学 永田和宏

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スバルしずかに梢を渡りつつありと、はろばろと美し古典力学

永田和宏

『新・百人一首 近現代短歌ベスト100』(岡井隆ほか・文春新書)では、「美し」を「うつくし」と読んでいる。定型に合わせて「はし」と読んでいた私にとってこの読み方は少し意外だった。「はし」の場合はシャープな読み味があり、「うつくし」の場合はその後に一呼吸置く感じがあって歌はゆっくりとした読み味になるのではないだろうか。

愛誦している歌だが、文系の私には「古典力学」という学問に馴染みがなかったので、かつて物理学科の友人に聞いてみたことがある。どうやら古典力学というのは、17世紀以前の天文学から派生してきた物体の運動を記述する学問だそうで、量子力学登場以前の、たとえばニュートン力学や相対論的力学などを指すらしい。星の動きを記述し、その運動を観測する、というふうに聞くと大変ロマンに満ちた学問に響く。知人は古典力学を、大学入学後、これくらいは知っておかねばならない物理学の基礎として一年次で学び、また二年次以降でも活用したそうだ。

スバル、つまりプレアデス星団は冬を中心に秋から春先まで観測できる。晩春や夏の潤んだ夜空ではなく、澄んで静謐な夜空を見上げているのだろう。見上げるという行為は読者に明るい心持ちを共有するところがある。「ありと、」というところには、その星々の記録を取っている感じがある。課題や実習に取り組んでいるのか、それとも単に夜空を眺めて由ばんでいるのか定かではないが、ただ古典力学の視点から星空を観測するように振る舞っている姿が伺える。

「はろばろと美し」とは、「スバル」と歌の「私」との物理的な遠さのことなのか、あるいは「古典」という半ば時間的な遠さのことなのか。しかし、古典力学は今日も広範な分野においても基礎的に活用されているようだし、すでに用済みの「古典」という訳ではないようで、だから捨て去られた概念への抒情というよりも、はるかに積み上げられてきたその学問の体系、あるいはその進歩の遥かさに纏わる耽美という方が近いのかもしれない。およそ答えはどちらでもあるのだろう。「スバル」との物理的距離と「古典」以来の進歩の遥けさが響きあっている。「遠さ」というのは一見「私」から離れたことを言っているようにみえる。しかし、起点となる「私」をおくことで成り立っているため、「遠さ」と「私」とは密接に関係している。「遠さ」とは、ひとつの抒情の形態でもある。

古典力学のことを尋ねるついでに、友人にこの歌を教えたところ、理系の自分はこの歌のロマンや青春っぽさに強く共感すると言っていた。それから何年か経ち、私の句集を読んだという連絡が彼からあった。普段俳句を読まない彼にとっては、多くがさっぱりだったが、「雨吹き込む卒業の日の文学部」という句は比較的分かったと書いてあった。だが、やはり理系の自分が共感できるのはスバルの歌の方だとも書いてあった。

星々のあひひかれあふ力の弧 生駒大祐

既に過去に書かれた句(勿論「古典」もそこに含まれるわけだが)、その蓄積をめぐって、生駒大祐は「参照性」という観点から思考する。生駒の俳句の面白さについての姿勢、俳句を面白くする法則を希求する態度は、その抒情的な要素も含めて、スバルの歌とよく似通っていると思う。


私も生駒と近しい観点から俳句を考える一人として、たとえば『現代詩手帖』(2021.10)の座談会「俳句・短歌の十年とこれから」、『俳句』(2022.1)における座談会「俳句の宿題」などで言及されることもあったが、「参照性」というのはもともと生駒の用語である。私の場合は、言葉と言葉の「触発」の延長に既に書かれたものが置かれる考えであり、生駒ほど明晰で体系的なものではないし、また法則化を目指すものでもない。もっと言えば、進歩という尺度は既に手放されている。近いようでいて、知の土台をなすものと、俳句において志向することがまったく異なっていると思う。一昨年刊行された高橋睦郎の『深きより 二十七の聲』(思潮社)などの、「私」を憑代に過去の書き手たちの声を紡ぐという書き方も「参照性」というやや便利な言葉の側から見れば似つかわしく見えるが、ただ、形而上の存在を要とする点で決定的に異なる営為と言える。

「参照性」という用語を書き手の傾向にあてがうのは、見落とす点が多く、やや危うい。ここの書くことの営為は異なっている。この用語の周りに書き手の群を設定して特質化することは、アンソロジストなんかは大変に好きそうなことだが、批評的にはあまり意義のないことだ。そもそも言葉の「参照性」は、季語をはじめ、何も珍しいことではない。単なる書き手の態度の話ではない。その濃淡はあれど、誰においても起こり得る言葉についての話なのである。

安里琉太



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【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



安里琉太のバックナンバー】

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>>〔60〕あたゝかき十一月もすみにけり 中村草田男
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>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅      森澄雄


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