ハイクノミカタ

みづうみに鰲を釣るゆめ秋昼寝 森澄雄【季語=鯊・秋昼寝(秋)】


みづうみに鰲を釣るゆめ秋昼寝

森澄雄


「鰲」とは、ゴウと読み、大すっぽん、また蓬莱の仙山を背負うといわれる想像上の亀を指す。それを湖に釣るというのは、夢とはいえなかなか豪快である。単に「昼寝」ではなく、「秋昼寝」というのが良い。夢とはいえ、湖の深度やいくぶんかの秋思めいた感慨が思われ、一句に奥行きがもたらされている。同じく澄雄作の「はるかまで旅してゐたり昼寝覚」も大きく出た昼寝の句だが、さびしさの質や句の志向するところがやはり異なる。

岡井省二は『鑑賞秀句100句選 森澄雄』(牧羊社・1992)で、昭和五十年の夏に澄雄に同行して旅をした際、信貴山朝護孫子寺で澄雄が次の卦を引いていたと書いている。

欲渡長江濶  長江ノ濶キヲ渡ラント欲スレド
波深未有儔  波深ウシテ未ダ儔有ラズ
前津逢浪静  前津浪ノ静カナルニ逢フ
重整釣鰲釣  重ネテ鰲ヲ釣ル釣ヲ整フ

当意即妙に巧く設た句なのかもしれないが、ウィットの閃きというよりは、比較的どっしりとした諧謔の句であろう。

安里琉太



【どーん!『八田木枯全句集』(2013年)↓】


【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



安里琉太のバックナンバー】

>>〔47〕八月は常なる月ぞ耐へしのべ   八田木枯
>>〔46〕まはし見る岐阜提灯の山と川   岸本尚毅
>>〔45〕八月の灼ける巌を見上ぐれば絶倫といふ明るき寂寥  前登志夫
>>〔44〕夏山に勅封の大扉あり     宇佐美魚目
>>〔43〕からたちの花のほそみち金魚売  後藤夜半
>>〔42〕雲の中瀧かゞやきて音もなし   山口青邨
>>〔41〕又の名のゆうれい草と遊びけり  後藤夜半
>>〔40〕くらき瀧茅の輪の奥に落ちにけり 田中裕明
>>〔39〕水遊とはだんだんに濡れること 後藤比奈夫
>>〔38〕ぐじやぐじやのおじやなんどを朝餉とし何で残生が美しからう 齋藤史
>>〔37〕無方無時無距離砂漠の夜が明けて 津田清子
>>〔36〕麦よ死は黄一色と思いこむ    宇多喜代子
>>〔35〕馬の背中は喪失的にうつくしい作文だった。 石松佳
>>〔34〕黒き魚ひそみをりとふこの井戸のつめたき水を夏は汲むかも 高野公彦
>>〔33〕露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな  攝津幸彦
>>〔32〕プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ 石田波郷
>>〔31〕いけにえにフリルがあって恥ずかしい 暮田真名
>>〔30〕切腹をしたことがない腹を撫で   土橋螢
>>〔29〕蟲鳥のくるしき春を不爲     高橋睦郎
>>〔28〕春山もこめて温泉の国造り    高濱虚子
>>〔27〕毛皮はぐ日中桜満開に      佐藤鬼房
>>〔26〕あえかなる薔薇撰りをれば春の雷 石田波郷
>>〔25〕鉛筆一本田川に流れ春休み     森澄雄
>>〔24〕ハナニアラシノタトヘモアルゾ  「サヨナラ」ダケガ人生ダ 井伏鱒
>>〔23〕厨房に貝があるくよ雛祭    秋元不死男
>>〔22〕橘や蒼きうるふの二月尽     三橋敏雄
>>〔21〕詩に瘦せて二月渚をゆくはわたし 三橋鷹女

>>〔20〕やがてわが真中を通る雪解川  正木ゆう子
>>〔19〕春を待つこころに鳥がゐて動く  八田木枯
>>〔18〕あっ、ビデオになってた、って君の声の短い動画だ、海の 千種創一
>>〔17〕しんしんと寒さがたのし歩みゆく 星野立子
>>〔16〕かなしきかな性病院の煙出   鈴木六林男
>>〔15〕こういうひとも長渕剛を聴くのかと勉強になるすごい音漏れ 斉藤斎藤
>>〔14〕初夢にドームがありぬあとは忘れ 加倉井秋を
>>〔13〕氷上の暮色ひしめく風の中    廣瀬直人
>>〔12〕旗のごとなびく冬日をふと見たり 高浜虚子
>>〔11〕休みの日晝まで霜を見てゐたり  永田耕衣

>>〔10〕目薬の看板の目はどちらの目 古今亭志ん生
>>〔9〕こぼれたるミルクをしんとぬぐふとき天上天下花野なるべし 水原紫苑
>>〔8〕短日のかかるところにふとをりて  清崎敏郎
>>〔7〕GAFA世界わがバ美肉のウマ逃げよ  関悦史
>>〔6〕生きるの大好き冬のはじめが春に似て 池田澄子
>>〔5〕青年鹿を愛せり嵐の斜面にて  金子兜太
>>〔4〕ここまでは来たよとモアイ置いていく 大川博幸
>>〔3〕昼ごろより時の感じ既に無くなりて樹立のなかに歩みをとどむ 佐藤佐太郎
>>〔2〕魚卵たべ九月些か悔いありぬ  八田木枯
>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅      森澄雄


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 大風の春葱畠真直来よ 飯島晴子【季語=春葱(春)】
  2. 革靴の光の揃ふ今朝の冬 津川絵理子【季語=今朝の冬(冬)】
  3. 対岸の比良や比叡や麦青む 対中いずみ【季語=麦青む(春)】 
  4. 新蕎麦のそば湯を棒のごとく注ぎ 鷹羽狩行【季語=新蕎麦(秋)】
  5. あかさたなはまやらわをん梅ひらく 西原天気【季語=梅(春)】
  6. 吾も春の野に下りたてば紫に 星野立子【季語=春の野(春)】
  7. サイネリア待つといふこときらきらす 鎌倉佐弓【季語=サイネリア(…
  8. 昼顔の見えるひるすぎぽるとがる 加藤郁乎【季語=昼顔(夏)】

おすすめ記事

  1. 春ショール靡きやすくて恋ごこち 檜紀代【季語=春ショール(春)】
  2. 鰡と鯊どちらにされるかを選べ 関悦史【季語=鰡(秋)・鯊(秋)】
  3. くらき瀧茅の輪の奥に落ちにけり 田中裕明【季語=茅の輪(夏)】
  4. 「パリ子育て俳句さんぽ」【1月22日配信分】
  5. ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子【季語=ストーブ(冬)】
  6. 頭を垂れて汗の男ら堂に満つ 高山れおな【季語=汗(夏)】
  7. 隠岐やいま木の芽をかこむ怒濤かな 加藤楸邨【季語=木の芽(春)】
  8. 気が変りやすくて蕪畠にゐる 飯島晴子【季語=蕪(冬)】
  9. 【連載】もしあの俳人が歌人だったら Session#11
  10. 農薬の粉溶け残る大西日 井上さち【季語=大西日(夏)】

Pickup記事

  1. 【夏の季語】七月
  2. 【春の季語】卒業す
  3. 故郷のすすしの陰や春の雪 原石鼎【季語=春の雪(春)】 
  4. 紅葉の色きはまりて風を絶つ 中川宋淵【季語=紅葉(秋)】
  5. 棕梠の葉に高き雨垂れ青峰忌 秋元不死男【季語=青峰忌(夏)】
  6. 小鳥来る薄き机をひからせて 飯島晴子【季語=小鳥来る(秋)】
  7. 【冬の季語】冬日
  8. 【夏の季語】ががんぼ/蚊の姥
  9. 【春の季語】木の根明く
  10. イエスほど痩せてはをらず薬喰 亀田虎童子【季語=薬喰(冬)】
PAGE TOP