ハイクノミカタ

魚卵たべ九月些か悔いありぬ 八田木枯【季語=九月(秋)】


魚卵たべ九月些か悔いありぬ

八田木枯

RADWIMPSの「セプテンバーさん」tetoの「9月になること」を聴いて、九月は夏の延長なんだなと思ったことがある。あっという間に今年も残すところ三月だ。夏も終わり、その夏の延長の九月も終わって、いよいよ十月に入った。今年も早いな、もう終わるなというのは年末にも思うけれど、秋の少し肌寒くなり始めたこの頃にも思うことだ。

初読、「魚卵たべ/九月些か悔いありぬ」と、上五のあとに軽く切れて、魚卵を食べながら過ぎ去った九月に対して些かの悔いを抱いているというふうに読んだ。しかし、後々「魚卵たべ九月/些か悔いありぬ」というふうにも読めるなと思った。そうだとすれば、魚卵をたべながら九月であることを結構強く意識し、そこから悔いを強く感じているふうになるなとも思った。これは感慨に結構な違いが出るように思う。また、「魚卵たべ九月」に特別目を留めていると、九月の間に魚卵をよく食べたというふうにも思えてきて面白かった。魚卵の出回る時期を検索してみたところ、9月・10月から漁獲量がぐっと増えるようで、この頃が「魚卵」の旬なのかもしれない

「魚卵」という言い方は、この句の表現のフックになっている。もし即物的に具体的に書くなら、「いくら」とか「たらこ」とか「数の子」とか「とびこ」とか「キャビア」とかである。「魚卵」。あらためて目を留めると結構生々しいことばである。ぬめり感。グロテスクさ。この句の「悔い」は、やはり「魚卵」の語感とともにあるのだろう。「魚卵」が動くだの動かないだのという問いはナンセンスである。

(安里琉太)


【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞



安里琉太のバックナンバー】
>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅     森澄雄


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