ハイクノミカタ

えりんぎはえりんぎ松茸は松茸 後藤比奈夫【季語=松茸(秋)】


えりんぎはえりんぎ松茸は松茸

後藤比奈夫ごとう・ひなおまさとし))


オリンピック・パラリンピックが終わったからというわけではなく、緊急事態宣言がまた延長されたからというわけでもなく、東京の感染者数が勢いよく減っているからというわけでも、菅政権が終わるからというわけでももちろんないんだけれど、季節の変わり目の荒々しさに、ちょっとついていけないそんな金曜ですよ。

何年か振りに切羽詰まった日々で、そうすると身を守る時間を作り出すために、部屋は四隅から丸く散らかってゆき(例えば一方の隅に畳んだけれど棚にしまう気力のない洗濯物が、もう一方には未開封の郵送物の四角く積んであったのにちょっと何かの拍子で崩れたのが)、料理をする気力がなくなった証のプラスチックごみが途端に増えたりという、初期症状が始まる。

一番忙しい瞬間に限って、一体どこでさぼったためにこうなってしまったのかとか、明日6時に起きればいいと朝の3時に考えたりとか、なぜこの週末10時間も眠り続けてしまったのかとか、だいたいどうしてこれを引き受けたのかとか、あたしはなんで〇歳から成長しないのかとか、過去や未来の自分に責任を押し付けたりするのだけれど、それはだいたいただの時間の無駄でくたびれもうけ。

過去は過去でほかに選択がなくてそうしているだけで、未来は未来できっとなにか都合があるに違いない。なんでこんな話になったんであったか、本当はエリンギの立ち位置の話をするつもりだったんだけど。

 えりんぎはえりんぎ松茸は松茸

「省略はリフレインのはじまり」とは、別に比奈夫翁が唱えたことではなくて、私がときどき、「リフレインが多いですよね」って言われたり、自省した際に、自分で自分に言い聞かせることなのだけれど、ここまで端的な例には早々出会うことはない。「えりんぎ」も「松茸」もそれぞれ繰り返され、一切の用言がなく、助動詞もある意味「は」のリフレイン。そう、「それはそれこれはこれ」の型なのだけれど、新興種・無味・噛み切れなさと古来種・香り番長・裂けるタイプの対比は、それより複雑な味わいを醸し出す。本当に両方あって、好きなほうだけ食べればいいし、小さい頃はどちらの茸もそれぞれの理由で知らなかったわけだし(舞茸だってやや長じてから市場に出てきたのだ)、過去を呪っても未来に託してもなんら現状の解決にはならない。

この句はそんな時、とくにこんな週末、半月から満月へ、あっという間に月も満ちて中秋の名月とも台風とも重なりそうな数日、こんがらがった頭と気持ちと体を整理する風を吹き込んでくれる。

ちなみに、今日聞いたところによると、首を後ろに倒す時の痛みは、腹筋や鎖骨の下の筋肉や脇の後ろの筋肉が引き起こしていたらしい。何事も切り分け大事。

というわけで、何の話だったかよくわからなくなっちゃったけど、ちょっとリフレインの句でも作って、句会のある人は出さなきゃいけない句の一角を埋められて、その余裕で部屋の一角が片付けられるような週末になりますように。

『白寿』(2016年)

阪西敦子


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。


【阪西敦子のバックナンバー】
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻      歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり       永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり    田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく     成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫        川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り    千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり    千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
>>〔42〕ール買ふ紙幣(さつ)をにぎりて人かぞへ  京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉
>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり   赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜     飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵       岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く      千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ      森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女

>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山


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