ハイクノミカタ

天窓に落葉を溜めて囲碁倶楽部 加倉井秋を【季語=落葉(秋)】


天窓に落葉を溜めて囲碁倶楽部

加倉井秋を


界隈で落葉掃きの人をよく見かけるようになった。見えなくても、シャーッ、シャーッという音が聞こえるだけで、ああ、落葉を掃いているのだな、と分かる。あの音には高空に吸い込まれるような独特の爽やかさがありますね。

ただ、それが我がこととなると風情とは別の話。我が家には庭木と言えるほどの木はないけれど、気づくと薔薇の葉や金木犀の葉が小さな山を成している。玄関先の隅に溜まっているのは何処からか吹き寄せられたに違いない。きれいに掃いても、翌朝扉を開くと大小の落葉が「今日も来ちゃいました、へへ」とばかりに屯している。自分の家から出るものは文句も言えないが、何故によそ様の落葉をウチで塵取りに集めなくてはならぬのか。自然の摂理とは言え、何となく面白くない。大した嵩でなくても、掃いても掃いても積もるのは鼻白む。母も生前よく零していた。生来のものぐさなので、ご近所の目に恥ずかしくないほどには見て見ぬふりを決め込んだりもするのである。

 天窓に落葉を溜めて囲碁倶楽

私と違い、囲碁倶楽部の所有者がものぐさなのではない。天窓なら落葉が吹き溜まっても仕方ないだろう。加倉井秋をは建築家でもあったので(荻窪の角川庭園は彼の設計だそう)、散策のさ中でもつい建物の構造などに目が行ったものかもしれない。囲碁倶楽部の看板を認めて、何気なく視線を空の方へ向ける。折角の天窓が落葉で塞がれているなぁ、それだけのことだ。屋内には天窓のことなど気にもかけずに碁盤を熱心に見つめる会員たちがいるだろうが、その姿や屋内を覗き込むような天窓の落葉を想像して面白がるのは読者の勝手である。

この句は「下谷風景」と題した16句の連作のなかで更に「下谷根岸町」と小見出しのついた9句のうちの1句だ。根岸というのは、鶯谷、日暮里、入谷一帯と言っても見当のつかない方もいらっしゃるだろう。子規庵や初代林家三平の自宅(現在は「ねぎし三平堂という資料館」があるところ、と説明した方が分かり易いかもしれない。9句には他に「鬘屋の鬘の後れ毛鳥渡る」、「食べるだけ蒸かし薯巻く紙ずらす」(この句のトリビアリズムも好きだなあ)、「コツプ酒秋行く巷のどこか見て」などがあり、この地の雰囲気を伝えている。

落葉の句を調べていたら、藤田湘子に「麹町あたりの落葉所在なし」を見つけた(『増殖する俳句歳時記』2000.12.30)。麹町に比べると、根岸の落葉は天窓に貼りつき見向きもされなくとも、ただあることを許されている、そんな風にも見えてくる。

『現代句集 現代日本文學大系95』 筑摩書房 より)

太田うさぎ


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』


【太田うさぎのバックナンバー】

>>〔57〕ビーフストロガノフと言へた爽やかに 守屋明俊
>>〔56〕犬の仔のすぐにおとなや草の花    広渡敬雄
>>〔55〕秋天に雲一つなき仮病の日      澤田和弥
>>〔54〕紐の束を括るも紐や蚯蚓鳴く      澤好摩
>>〔53〕鴨が来て池が愉快となりしかな    坊城俊樹
>>〔52〕どの絵にも前のめりして秋の人    藤本夕衣
>>〔51〕少女期は何かたべ萩を素通りに    富安風生
>>〔50〕悲鳴にも似たり夜食の食べこぼし  波多野爽波
>>〔49〕指は一粒回してはづす夜の葡萄    上田信治
>>〔48〕鶺鴒がとぶぱつと白ぱつと白     村上鞆彦
>>〔47〕あづきあらひやひとり酌む酒が好き  西野文代
>>〔46〕夫婦は赤子があつてぼんやりと暮らす瓜を作つた 中塚一碧楼
>>〔45〕目薬に涼しく秋を知る日かな     内藤鳴雪
>>〔44〕金閣をにらむ裸の翁かな      大木あまり
>>〔43〕暑き夜の惡魔が頤をはづしゐる    佐藤鬼房
>>〔42〕何故逃げる儂の箸より冷奴     豊田すずめ
>>〔41〕ひそひそと四万六千日の猫      菊田一平
>>〔40〕香水や時折キッとなる婦人      京極杞陽
>>〔39〕せんそうのもうもどれない蟬の穴   豊里友行
>>〔38〕父の日やある決意してタイ結ぶ    清水凡亭
>>〔37〕じゆてーむと呟いてゐる鯰かな    仙田洋子
>>〔36〕蚊を食つてうれしき鰭を使ひけり    日原傳
>>〔35〕好きな樹の下を通ひて五月果つ    岡崎るり子
>>〔34〕多国籍香水六時六本木        佐川盟子
>>〔33〕吸呑の中の新茶の色なりし       梅田津
>>〔32〕黄金週間屋上に鳥居ひとつ     松本てふこ
>>〔31〕若葉してうるさいッ玄米パン屋さん  三橋鷹女
>>〔30〕江の島の賑やかな日の仔猫かな   遠藤由樹子
>>〔29〕竹秋や男と女畳拭く         飯島晴子
>>〔28〕鶯や製茶会社のホツチキス      渡邊白泉
>>〔27〕春林をわれ落涙のごとく出る     阿部青鞋
>>〔26〕春は曙そろそろ帰つてくれないか   櫂未知子
>>〔25〕漕いで漕いで郵便配達夫は蝶に    関根誠子
>>〔24〕飯蛸に昼の花火がぽんぽんと     大野朱香
>>〔23〕復興の遅れの更地春疾風       菊田島椿
>>〔22〕花ミモザ帽子を買ふと言ひ出しぬ  星野麥丘人
>>〔21〕あしかびの沖に御堂の潤み立つ   しなだしん

>>〔20〕二ン月や鼻より口に音抜けて     桑原三郎
>>〔19〕パンクスに両親のゐる春炬燵    五十嵐筝曲
>>〔18〕温室の空がきれいに区切らるる    飯田 晴
>>〔17〕枯野から信長の弾くピアノかな    手嶋崖元
>>〔16〕宝くじ熊が二階に来る確率      岡野泰輔
>>〔15〕悲しみもありて松過ぎゆくままに   星野立子
>>〔14〕初春の船に届ける祝酒        中西夕紀
>>〔13〕霜柱ひとはぎくしやくしたるもの  山田真砂年
>>〔12〕着ぶくれて田へ行くだけの橋見ゆる  吉田穂津
>>〔11〕蓮ほどの枯れぶりなくて男われ   能村登四郎
>>〔10〕略図よく書けて忘年会だより    能村登四郎
>>〔9〕暖房や絵本の熊は家に住み       川島葵 
>>〔8〕冬の鷺一歩の水輪つくりけり     好井由江
>>〔7〕どんぶりに顔を埋めて暮早し     飯田冬眞
>>〔6〕革靴の光の揃ふ今朝の冬      津川絵里子
>>〔5〕新蕎麦や狐狗狸さんを招きては    藤原月彦
>>〔4〕女房の化粧の音に秋澄めり      戸松九里
>>〔3〕ワイシャツに付けり蝗の分泌液    茨木和生
>>〔2〕秋蝶の転校生のやうに来し      大牧 広
>>〔1〕長き夜の四人が実にいい手つき    佐山哲郎


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 秋海棠西瓜の色に咲にけり 松尾芭蕉【季語=秋海棠(秋)】
  2. トローチのすつと消えすつと冬の滝 中嶋憲武【季語=冬の…
  3. あひみての後を逆さのかいつぶり 柿本多映【季語=鳰(冬)】
  4. 魚のかげ魚にそひゆく秋ざくら 山越文夫【季語=コスモス(秋)】
  5. かき冰青白赤や混ぜれば黎 堀田季何【季語=かき氷(夏)】
  6. 春の雁うすうす果てし旅の恋 小林康治【季語=春の雁(春)】
  7. 来て見れば来てよかりしよ梅椿 星野立子【季語=梅・椿(春)】
  8. 本捨つる吾に秋天ありにけり 渡部州麻子【季語=秋天(秋)】

おすすめ記事

  1. 海鼠切りもとの形に寄せてある 小原啄葉【季語=海鼠(冬)】
  2. 水吸うて新聞あをし花八ツ手 森賀まり【季語=花八ツ手(冬)】
  3. 神保町に銀漢亭があったころ【第66回】阪西敦子
  4. 凍港や旧露の街はありとのみ 山口誓子【季語=凍つ(冬)】
  5. 柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規【季語=柿(秋)】
  6. 【春の季語】春寒
  7. 月光にいのち死にゆくひとと寝る 橋本多佳子【季語=月光(秋)】
  8. 金色の種まき赤児がささやくよ  寺田京子【季語=種蒔(春)】 
  9. 【冬の季語】冬の川
  10. 最終回みたいな街に鯨来る 斎藤よひら【季語=鯨(冬)】

Pickup記事

  1. こんな本が出た【2021年4月刊行分】
  2. 流しさうめん池田澄子を逃れくる 水内慶太【季語=冷素麺(夏)】
  3. 銀河系のとある酒場のヒヤシンス 橋 閒石【季語=ヒヤシンス(春)】
  4. 火達磨となれる秋刀魚を裏返す 柴原保佳【季語=秋刀魚(秋)】
  5. なきがらや秋風かよふ鼻の穴 飯田蛇笏【季語=秋風(秋)】
  6. 【冬の季語】寒し
  7. ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ なかはられいこ
  8. こまごまと大河のごとく蟻の列 深見けん二【季語=蟻(夏)】
  9. 神保町に銀漢亭があったころ【第79回】佐怒賀直美
  10. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第33回】葛城山と阿波野青畝
PAGE TOP