ハイクノミカタ

多国籍香水六時六本木 佐川盟子【季語=香水(夏)】


多国籍香水六時六本木

佐川盟子


参加しているメール句会で先日、「ぜひ詠んでおきたいコロナ禍の生活」なる題が出された。俳句総合誌の企画にもなりそうなテーマにううむと唸ったのだけれど、その伝でいけばさしずめ掲句は「ぜひ覚えておきたいコロナ禍前の生活」ということになろうか。

『俳句』5月号が「省略を極める」という大特集を組んでいる。十七音の短さで何かを言おうとすれば自ずと伝えたい情報の多くを切り捨てなければならない。その省略こそが読者の想像力を引き込む仕掛けだ、と仁平勝が総論で述べている。ふむふむ。では省略という観点から掲句を読んでみよう。

まず、助詞は贅肉です、といわんばかりの平仮名省略。これだけでかなり引き締め効果がアップします、とメイクアップアーティストみたいに言ってみる。

そして、<他国籍><香水><六時>は断片情報のようでいて、お互いにリンクしつつ<六本木>という土地柄を雄弁に物語る。午後六時(午前か午後かが省略されていることにも注目)は六本木にしては宵の内も宵の内だが、遊びに来るも、この街で生計を立てるも、日本人も非日本人も混然と雑然と行き交う。すれ違いざまに鼻をかすめる香水は高級なものから安っぽいものまで。男性もたっぷりと。「ここは日本だっけ?」ふと自問しそうになる雰囲気は銀座や渋谷や新宿といった繁華街とは異なる。そう、ここはまさしくROPPONGI。

貧しい想像力でかようなことを読み取るわけだが、最大の省略は作者の感情だ。六本木のいわゆる「中の人」ならばこのような詠み方をしなさそうだ。海外にも名高い遊興の街で、自分の方が異邦人のように佇んでいることが物珍しかった、そんな風に私は受け取った。

禁足生活に少しでも彩りがほしくなり、少し前に香水を買った。スーパーに買い物に出かけるにもシュッと噴いたりするのに、たまにある本格的な外出(句会ぐらいです)の時に限って省略してしまうのはどうしたものでしょうか。

『火を放つ』現代俳句協会 2019年より)

太田うさぎ


【太田うさぎのバックナンバー】
>>〔33〕吸呑の中の新茶の色なりし       梅田津
>>〔32〕黄金週間屋上に鳥居ひとつ     松本てふこ
>>〔31〕若葉してうるさいッ玄米パン屋さん  三橋鷹女
>>〔30〕江の島の賑やかな日の仔猫かな   遠藤由樹子
>>〔29〕竹秋や男と女畳拭く         飯島晴子
>>〔28〕鶯や製茶会社のホツチキス      渡邊白泉
>>〔27〕春林をわれ落涙のごとく出る     阿部青鞋
>>〔26〕春は曙そろそろ帰つてくれないか   櫂未知子
>>〔25〕漕いで漕いで郵便配達夫は蝶に    関根誠子
>>〔24〕飯蛸に昼の花火がぽんぽんと     大野朱香
>>〔23〕復興の遅れの更地春疾風       菊田島椿
>>〔22〕花ミモザ帽子を買ふと言ひ出しぬ  星野麥丘人
>>〔21〕あしかびの沖に御堂の潤み立つ   しなだしん
>>〔20〕二ン月や鼻より口に音抜けて     桑原三郎
>>〔19〕パンクスに両親のゐる春炬燵    五十嵐筝曲
>>〔18〕温室の空がきれいに区切らるる    飯田 晴
>>〔17〕枯野から信長の弾くピアノかな    手嶋崖元
>>〔16〕宝くじ熊が二階に来る確率      岡野泰輔
>>〔15〕悲しみもありて松過ぎゆくままに   星野立子
>>〔14〕初春の船に届ける祝酒        中西夕紀
>>〔13〕霜柱ひとはぎくしやくしたるもの  山田真砂年
>>〔12〕着ぶくれて田へ行くだけの橋見ゆる  吉田穂津
>>〔11〕蓮ほどの枯れぶりなくて男われ   能村登四郎
>>〔10〕略図よく書けて忘年会だより    能村登四郎
>>〔9〕暖房や絵本の熊は家に住み       川島葵 
>>〔8〕冬の鷺一歩の水輪つくりけり     好井由江
>>〔7〕どんぶりに顔を埋めて暮早し     飯田冬眞
>>〔6〕革靴の光の揃ふ今朝の冬      津川絵里子
>>〔5〕新蕎麦や狐狗狸さんを招きては    藤原月彦
>>〔4〕女房の化粧の音に秋澄めり      戸松九里
>>〔3〕ワイシャツに付けり蝗の分泌液    茨木和生
>>〔2〕秋蝶の転校生のやうに来し      大牧 広
>>〔1〕長き夜の四人が実にいい手つき    佐山哲郎


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 山椒の実噛み愛憎の身の細り 清水径子【季語=山椒の実(秋)】
  2. 秋鯖や上司罵るために酔ふ 草間時彦【季語=秋鯖(秋)】
  3. ひと魂でゆく気散じや夏の原 葛飾北斎【季語=夏の原(夏)】
  4. 鉄橋を決意としたる雪解川 松山足羽【季語=雪解川(春)】
  5. 毛糸玉秘密を芯に巻かれけり 小澤克己【季語=毛糸玉(冬)】
  6. 鳥帰るいづこの空もさびしからむに 安住敦【季語=鳥帰る(春)】
  7. いぬふぐり昔の恋を問はれけり 谷口摩耶【季語=いぬふぐり(春)】…
  8. 父の日やある決意してタイ結ぶ 清水凡亭【季語=父の日(夏)】

おすすめ記事

  1. こんな本が出た【2021年1月刊行分】
  2. 唐太の天ぞ垂れたり鰊群来 山口誓子【季語=鰊(春)】 
  3. 父の日の父に甘えに来たらしき 後藤比奈夫【季語=父の日(夏)】
  4. 息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子【季語=底冷(秋)】
  5. 雛納めせし日人形持ち歩く 千原草之【季語=雛納(春)】
  6. 湖をこつんとのこし山眠る 松王かをり【季語=山眠る(冬)】 
  7. 趣味と写真と、ときどき俳句と【#08】書きものとガムラン
  8. 【書評】伊藤伊那男 第三句集『然々と』(北辰社、2018年)
  9. 人妻ぞいそぎんちやくに指入れて 小澤實【季語=磯巾着(春)】
  10. 老僧の忘れかけたる茸の城 小林衹郊【季語=茸(秋)】

Pickup記事

  1. 【秋の季語】虫籠/むしご
  2. 【春の季語】春節
  3. 【連載】もしあの俳人が歌人だったら Session#11
  4. 【冬の季語】花八手
  5. 神保町に銀漢亭があったころ【第28回】今井肖子
  6. 【短期連載】茶道と俳句 井上泰至【第9回】
  7. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2022年10月分】
  8. 神保町に銀漢亭があったころ【第78回】脇本浩子
  9. 家濡れて重たくなりぬ花辛夷 森賀まり【季語=花辛夷(春)】 
  10. 底冷えを閉じ込めてある飴細工 仲田陽子【季語=底冷(冬)】
PAGE TOP