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花ミモザ帽子を買ふと言ひ出しぬ 星野麥丘人【季語=花ミモザ(春)】

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花ミモザ帽子を買ふと言ひ出しぬ

星野麥丘人


目の端が何かを捉えて、街道の反対側に顔を向けると満開のミモザだった。まだ二月だというのに、芽吹きも遠い街路樹のあいだにパッとその一画だけがやたら明るい。ずいぶんと気の早いこと、と半ば呆れながらも嬉しくなって麥丘人のこの句を思い出した。

帽子を買う、と言い出したのは妻なのだろう。「言ひ出しぬ」に軽い困惑が見て取れる。服飾、という言葉に則れば帽子はどちらかと言えば飾、装いの付属的な要素だ。お洒落が好きでブティックを覗くのが趣味の妻が「帽子を買うわ」と言ったところで夫は聞き流すに違いない。滅多にそんなことを口にしないから「え?」という驚きを呼び起こすのだ。

でも、この気持ち(妻の方ね)、私には分かる。ふっと季節の変わり目を覚えたとき、身辺に何か新しいものを加えたくなる。心が羽のように軽くなるもの、春なら殊更。

梅や桜といった本邦を代表する花はこの句にはそぐわない。黄を咲かす花なら金縷梅も山茱萸も三椏も連翹も金雀枝もあるけれど、ミモザの屈託のない色は別格だ。

買うつもりの帽子を被って彼女の胸の内は既にダンスのステップを踏んでいる。それを横目に見ながら、相好を崩すのでもなく、苦虫を噛み潰すのでもなく、ただ見守っている。その距離に夫婦の築いてきた年月が感じられる。

『亭午』梅里書房 2002年より)

太田うさぎ


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【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』



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