ハイクノミカタ

温室の空がきれいに区切らるる 飯田晴【季語=温室(冬)】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

温室の空がきれいに区切らるる

飯田 晴


温室と聞いてすぐに浮かぶのは植物園の熱帯植物を展示する建物だが、季語としては寒さから野菜や花を防護して促成栽培を行う設備のこと。ビニールハウスと言えば分かり易い。歳時記を引くと季語としては「フレーム」、温室は傍題の扱いだ。パイプ材などの枠組即ちフレームが露わなことが由来のようだけれど、季語として認定された当時は一般的な名称だったのかしらん。季語力はちょっと弱め?

ところで、掲句を最初に読んだとき、私はこれを外から温室を眺めている場面と受け取ってしまった。少し前に紹介した星野立子の『實生』に<屋根區切り大佛區切り冬の空>という俳句があり、共通する「区切る」の言葉につい引っ張られたようだ。つまり、一面の畑を見渡したときにビニールハウスが大空をアクセントのように区切っている、と読んだのだ。「温室の空」を温室の上に広がる空、と解釈した訳だが、やはりどうも無理がある。そこで初めて、ああ、これは温室の中から見上げた空なのだ、と気づいた。いやはや読解力の乏しいこと。空を区切っているのは温室のフレームだ。上に目を向けると、一枚の筈の空が仕切られて何枚もの青いタイルを貼り付けたよう。「きれいに」は続く動詞を形容するから、均等に、整然と、すっきりと、などの意味だろうが、同時に空の綺麗さもイメージさせる。

いや、と新たな疑念が頭をもたげる。そんなに素直に読んでいいのか。「温室育ち」という慣用表現がある。「きれいに区切らるる」はむしろ皮肉を込めているのだろうか。しかし、そうなると季語の本意というのは限りなく薄まるし、作者が今井杏太郎、鳥居三朗門であったことを考えると、この読みは穿ち過ぎかもしれない・・・。

平明な俳句でも一歩足を踏み入れるととんでもない迷宮だったりします。こんがらがっているのは私の頭の方なんでしょうが、迷路に立ち往生するのもまた俳句を読む愉しみかとも。

(『ゆめの変り目』ふらんす堂 2018年より)

太田うさぎ


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 大いなる春を惜しみつ家に在り 星野立子【季語=春惜しむ(春)】
  2. さて、どちらへ行かう風がふく 山頭火
  3. でで虫の繰り出す肉に遅れをとる 飯島晴子【季語=でで虫(夏)】
  4. 後の月瑞穂の国の夜なりけり 村上鬼城【季語=後の月(秋)】
  5. 夫婦は赤子があつてぼんやりと暮らす瓜を作つた 中塚一碧楼
  6. 人垣に春節の龍起ち上がる 小路紫峡【季語=春節(春)】
  7. イエスほど痩せてはをらず薬喰 亀田虎童子【季語=薬喰(冬)】
  8. 九月の教室蟬がじーんと別れにくる 穴井太【季語=九月(秋)】

あなたへのおすすめ記事

連載記事一覧

PAGE TOP