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藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ 京極杞陽【季語=藷 (秋)】


藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ

京極杞陽(きょうごくきよう)()()()()()()))


普段、豚はバラを買うんだけれど、ちょっと脂を気にして同じ値段の「肩ロース」を買おうとしたところ、「「ロース」の方が、味が良いんだけどねえ」と言われて「ロース」に変えたら、お値段もグラム100円分「良かった」りして、さらに言えば、鍋にはやっぱりバラがいいかなあなんて思ったりするようになるコロナ時代、ひさびさの29日(肉の日)の金曜日ですよ。

西山泊雲・野村泊月の「丹波二泊」より少し若く、今も丹波での存在感を残すのが、旧豊岡藩主14代当主の京極杞陽。豊岡藩主と言っても、東京生まれ、東京育ち、外遊の経験などもあって、ドイツで虚子に出会い、宮内省に勤め、後年に豊岡に戻ったということもあって、句柄はまた一味違う。

杞陽の句の特徴のひとつは、その思索とも写生ともつかない、その二つが互いを妨げることなく十七音に同居する点であるのだけれど、ただ、その思索、あるいはそれが表出した姿までをも写生の対象とする「視野の広さ」という意味では、不思議なことに、丹波二泊と共通する。

掲句「藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ」がまさにその往来を何度も句の中に閉じ込めた杞陽らしい把握の一句だ。

(いも)」はおおむねさつまいものこと、今でこそその名の通り薩摩=鹿児島県で35%、茨城県で20%を生産し、それだけで半分を超えるほどの量だが、句の当時、昭和23年には今よりももっと全国で食べられていたに違いない。実際、昭和23年のさつまいもは豊作だったようで、今も記録が残るほどに、都内にも多く出回っていたとそうだ。現代、さつまいもに見られるような蜜への異常な追及はなされていないにしても、甘味を帯びたさつまいもを食べている子供の姿(藷たべてゐる子)は、ごくありふれた風景だ。句が、思ってもみない方向へ行くのはそのあとのこと。舌が必死で甘味を探りながら繊維を噛みしめて食べ進めているある意味集中した瞬間に、「お前は何が好きなんだ」と親だろうか、大人が問うわけである。

「何」とは幅広い。「藷」に寄り添えば、それは食べものの話だが、すでに原料を問うているのか、料理名を問うているのかがわからない。「好きな食べもの何?」っていう会話に、「羊」と答えて戸惑われたことのある私としては、「「羊とレモンのタジン」って言えばいいんだったら、好きな料理何って聞いてよ」と思うのである。ましてこの場合、それは藷に喉を詰まらせないための飲みものかもしれないし、このあとの遊びのことかも知れない。今日の学校の話をしていれば、教科かもしれないし、将来を探るためのもっと広い質問かも知れない。

この何の不自然さもないけれど、俳句にするには限りなく妙な一瞬は、十七音が終わった後も質問の意図は何だったのか、子どもは答えたのか、子どもが何と答えたのか、そして子どもはどんな気持ちになったのか、なんとも名付けようのない空気として私たちの中に残ってゆく。

29日=肉の日の伏線の回収をしなければならないわけではないけれど、この句の後ろに、「(肉をたべているはずの)藷たべてゐる子」を読み取るのは、杞陽の人生や他の句を見れば、そんなに不可能ではない。しかし、この時食べているものが「肉」であれば、この句は生まれることはないだろう。というのは、「肉」が季題・季語ではないとか、そういうルールとしての話ではなくて、いうなればもっと手前の、「季題・季語」たりうるかという問題に近く、肉には藷がもつコク(藷だけに)や空気感(藷だけに)が複雑味として足りないのではないかということ。試しに、「肉たべてゐる子に何が好きかと問ふ」として本来の句との味わいがどう違うか、また、その後ろに逆に(藷をたべているはずの)を感じるかどうかを考えてみても面白、くないか…。

と、ここまで書き上げて、「甘藷」(さつまいも)が秋の季題であることに気づく。なんかつい、うちの最寄りの肉屋が店先に置いている石焼機につられて、焼藷に引きずられてしまった。

また冷え込む週末、焼藷を買って帰って家でゆっくり自分の好きなものについて考えてみるのはどうでしょうか。

『但馬住』(1961年)所収

阪西敦子


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



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