ハイクノミカタ

追ふ蝶と追はれる蝶の入れ替はる 岡田由季【季語=蝶(春)】


追ふ蝶と追はれる蝶の入れ替はる

岡田由季


蝶が舞う姿を見た経験のある人ならば、掲句を読んですぐに、二つの蝶が舞う様子をすぐに思い浮かべることができるのではないだろうか。

筆者の心のスクリーンに現れたのは、とある帰郷時、川沿いを散歩中に現れた、紋黄蝶と紋白蝶のつがい。あるときは黄が白の後を、あるときは白が黄の後を、ひらひらと。たまにつがいのまま視界からぱっと消えたかと思えばまた戻り、筆者を先導するようにしばらく飛んでいた。

〈追ふ〉〈追はれる〉〈入れ替はる〉と、動詞を淡々と且つ丁寧にたたみかけることよって、蝶の無心の姿、つまり求愛するつがいの蝶の羽ばたきの様子と、蝶のその小さい体をはみ出さんばかりの生命力を伝えている。平明な言葉で対象を的確に描くセンスの良さが光る。

俳句の世界では、単に〈蝶〉だと春の季語。これから「夏の蝶」「秋の蝶」「冬の蝶」となって、蝶の生息は季節を超えて続いてゆく。

「犬の眉」(2014年)

月野ぽぽな


【執筆者プロフィール】
月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)
1965年長野県生まれ。1992年より米国ニューヨーク市在住。2004年金子兜太主宰「海程」入会、2008年から終刊まで同人。2018年「海原」創刊同人。「豆の木」「青い地球」「ふらっと」同人。星の島句会代表。現代俳句協会会員。2010年第28回現代俳句新人賞、2017年第63回角川俳句賞受賞。
月野ぽぽなフェイスブック:http://www.facebook.com/PoponaTsukino


【月野ぽぽなのバックナンバー】
>>〔29〕水の地球すこしはなれて春の月   正木ゆう子
>>〔28〕さまざまの事おもひ出す桜かな    松尾芭蕉
>>〔27〕春泥を帰りて猫の深眠り        藤嶋務
>>〔26〕にはとりのかたちに春の日のひかり  西原天気
>>〔25〕卒業の歌コピー機を掠めたる    宮本佳世乃
>>〔24〕クローバーや後髪割る風となり     不破博
>>〔23〕すうっと蝶ふうっと吐いて解く黙禱   中村晋
>>〔22〕雛飾りつゝふと命惜しきかな     星野立子
>>〔21〕冴えかへるもののひとつに夜の鼻   加藤楸邨
>>〔20〕梅咲いて庭中に青鮫が来ている    金子兜太
>>〔19〕人垣に春節の龍起ち上がる      小路紫峡 
>>〔18〕胴ぶるひして立春の犬となる     鈴木石夫 
>>〔17〕底冷えを閉じ込めてある飴細工    仲田陽子
>>〔16〕天狼やアインシュタインの世紀果つ  有馬朗人
>>〔15〕マフラーの長きが散らす宇宙塵   佐怒賀正美
>>〔14〕米国のへそのあたりの去年今年    内村恭子
>>〔13〕極月の空青々と追ふものなし     金田咲子
>>〔12〕手袋を出て母の手となりにけり     仲寒蟬
>>〔11〕南天のはやくもつけし実のあまた   中川宋淵
>>〔10〕雪掻きをしつつハヌカを寿ぎぬ    朗善千津
>>〔9〕冬銀河旅鞄より流れ出す       坂本宮尾 
>>〔8〕火種棒まつ赤に焼けて感謝祭     陽美保子
>>〔7〕鴨翔つてみづの輪ふたつ交はりぬ  三島ゆかり
>>〔6〕とび・からす息合わせ鳴く小六月   城取信平
>>〔5〕木の中に入れば木の陰秋惜しむ     大西朋
>>〔4〕真っ白な番つがいの蝶よ秋草に    木村丹乙
>>〔3〕おなじ長さの過去と未来よ星月夜  中村加津彦
>>〔2〕一番に押す停車釦天の川     こしのゆみこ
>>〔1〕つゆくさをちりばめここにねむりなさい 冬野虹



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】



  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 北寄貝桶ゆすぶつて見せにけり 平川靖子【季語=北寄貝(冬)】 
  2. 海鼠切りもとの形に寄せてある 小原啄葉【季語=海鼠(冬)】
  3. 背のファスナ一気に割るやちちろ鳴く 村山砂田男【季語=ちちろ鳴…
  4. 春の夢魚からもらふ首飾り 井上たま子【季語=春の夢(春)】
  5. 澁柿を食べさせられし口許に 山内山彦【季語=柿(秋)】
  6. 妻のみ恋し紅き蟹などを歎かめや 中村草田男【季語=蟹(夏)】
  7. 裸木となりても鳥を匿へり 岡田由季【季語=裸木(冬)】
  8. 東風吹かば吾をきちんと口説きみよ 如月真菜【季語=東風(春)】

おすすめ記事

  1. 神保町に銀漢亭があったころ【第10回】相沢文子
  2. 白牡丹四五日そして雨どつと 高田風人子【季語=白牡丹(夏)】
  3. 待春やうどんに絡む卵の黄 杉山久子【季語=待春(春)】
  4. 「パリ子育て俳句さんぽ」【10月1日配信分】
  5. 海の日の海より月の上りけり 片山由美子【季語=海の日(夏)】
  6. きちかうの開きて青き翅脈かな 遠藤由樹子【季語=きちかう(秋)】
  7. 体内の水傾けてガラス切る 須藤徹【無季】
  8. 鱶のあらい皿を洗えば皿は海 谷さやん【季語=鱶(冬)】
  9. 浜風のほどよき強さ白子干す 橋川かず子【季語=白子干す(春)】
  10. 雨月なり後部座席に人眠らせ 榮猿丸【季語=雨月(秋)】

Pickup記事

  1. 紫陽花のパリーに咲けば巴里の色 星野椿【季語=紫陽花(夏)】
  2. 【結社推薦句】コンゲツノハイク【2024年5月分】
  3. 【冬の季語】小春
  4. 風邪ごもりかくし置きたる写真見る     安田蚊杖【季語=風邪籠(冬)】
  5. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第55回】 甲府盆地と福田甲子雄
  6. 黄金週間屋上に鳥居ひとつ 松本てふこ【季語=黄金週間(夏)】
  7. 【冬の季語】寒木
  8. 俳句おじさん雑談系ポッドキャスト「ほぼ週刊青木堀切」【#4】
  9. おそろしき一直線の彼方かな 畠山弘
  10. 海女ひとり潜づく山浦雲の峰 井本農一【季語=雲の峰(夏)】
PAGE TOP