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米国のへそのあたりの去年今年 内村恭子【季語=去年今年(冬)】


米国のへそのあたりの去年今年

内村恭子


筆者のニューヨーク生活が始まったのは1992年、クリスマスのイルミネーションがきらめく12月25日だったこともあり、それからの一週間あまりで、おのずと日本とアメリカ合衆国、通称アメリカとの年末年始の様子の違いを体験することとなった。

まず日本では、25日が過ぎると直ちに正月準備に入り一気に洋から和へ様変りするが、アメリカではクリスマスツリーやリースは年を超えても飾られたまま。とても不思議な感覚だったが、考えてみれば、アメリカは日本ではなく、日本の正月飾りはないのだから慌てて片付ける必要がないのだな、などと思っていた。

また、日本では、年越しと正月は家族と過ごす一大行事である一方、アメリカにとっての正月的行事は、11月25日にご紹介した感謝祭クリスマスであり、年越し、つまり大晦日(ニューイヤーズ・イブ)から新年(ニューイヤー)を迎える瞬間は盛大に祝うが、そこまで。祝日は元日(ニューイヤーズ・デー)のみで、2日から平常に戻る。今年は2日と3日が週末なので、たまたま三ヶ日が休みになった、といった具合。

その盛大なアメリカの年越し行事とは、大晦日(ニューイヤーズ・イブ)の最後の1分間を秒読みするカウントダウン。そして新年の到来に合わせて全米各地で揚げられる花火。

カウントダウンで世界的に有名なのは、1907年から行われているニューヨーク、タイムズスクエアのボールドロップだ。電球が散りばめられたクリスタルのボールが、タイムズスクエア1番地のビルディングの上に位置する旗竿を20メートルほど降下。新年になった途端、大量の紙吹雪(コンフェティ)が降りしきる中、約100万の観客が「ハッピーニューイヤー!(Happy New Year!)」と挨拶を交わし合う。

筆者はといえば、渡米してからちょうど一週間後の 1992年の大晦日に、夫と共にタイムズスクエアのカウントダウンの大熱気を体験したのが、今のところ最初で最後。翌年からは、セントラルパークで年越しの花火を見るのがならいとなった。

2020年は新型コロナウイルスの影響で、年越し行事のうち、セントラルパークの花火はなかったものの、タイムズスクエアのカウントダウンは、医療従事者などの特別招待客を除いては、史上初の無観客で行われ、テレビやインターネット上で配信された。

さて、12月25日を過ぎてもクリスマスツリーが飾られているのには理由があると知ったのは、この光景にも慣れた頃。実はクリスマスとは12月25日の降誕祭だけではなく、東方の三博士(三賢者とも)がイエス・キリストを訪ね祝福したことを記念する日までの12日間を祝うものなのだ。「クリスマスの12日間」(12 Days of Christmas)という楽しい童謡もあるほど。

https://www.youtube.com/watch?v=QyNkmGg6Llk

本日、6日はその最終日である公現祭(エピファニー)で、クリスマスの飾りも仕舞いどき。日本で松飾りを置く期間である、松の内(松七日)の終わりとほぼ重なるのが面白い。

いよいよ、そのアメリカを詠んだ掲句を「女神」より。1月1日の阪西敦子さんの鑑賞に続き、季語は新年、〈去年今年〉。

米国のへそのあたりの去年今年

(こめ)」の「(くに)」ならば、米を主食とする日本国を表すのに適しているように思うが、ご存知の通り〈米国〉は「アメリカ合衆国」のことで、漢字表記した場合の「亜米利加合衆国」の略だという。英語の「アメリカ」の発音が、日本人には「メリケン」と聞こえたため、その漢字表記「米利堅」の頭をとって〈米国〉になったという説も。

一読して、〈米国のへそのあたり〉の〈へそのあたり〉という表現から、広大な面積を持つアメリカに漂うおおらかな気分が立ち上がる。

作者は、その〈へそのあたり〉で〈去年今年〉を体験したのだろう。

〈米国〉は、本土である北アメリカ大陸の48州とアラスカ州、ハワイ州の50州からなっている。掲句の楽しさは、まず、その〈米国の〉でアメリカの本土の横に長い形、――筆者には左向きの鯛焼きに見えるのだが、――が目に浮かぶところ。

次にアメリカの〈へそ〉つまり中心へと意識が向いていくところ。鯛焼きにへそがないことはさておき、〈米国のへそ〉とはどのあたりだろう。

まさに「アメリカのへそ」と呼ばれているカンザス州だろうか。ここはアメリカの穀倉地帯の中心でもあり、おもな農産物は小麦、トウモロコシ、大豆。限りなく広がる大草原が魅力の地。「オズの魔法使い」の舞台としても知られていることもあって竜巻の多発地帯なのだそうだ。

そして、大晦日の一夜にして去年と今年が入れ替わることを表す〈去年今年〉により、大晦日のカウントダウンのあと、カンザスの大草原に揚がる花火の景が想像できるところ。

それだけでも十分楽しいが、掲句には、読者がさらに想像を進める余地がある。

米国のへそのあたりの去年今年

たとえば、アメリカでの〈去年今年〉を思うとき欠かせないのが時差。日本は全国同時に新年を迎えるが、アメリカには本土に、東部時間、中部時間、山岳部時間、太平洋時間の4つの、そして本土以外に、アラスカ、ハワイの2つの、合計6つのタイムゾーンがあり、その順で1時間ずつ遅れているので、アメリカ国内で新年を迎える時間は最大で5時間違ってくる。たとえば中部時間のカンザスは東部時間のニューヨークより新年を1時間遅く迎える。

アメリカの6つのタイムゾーンに従って東から西に移りゆく年。そのカウントダウンと花火を、心の目で鳥瞰してみるのも楽しい。

日本と比べると、ニューヨークは日本より14時間、カンザスは日本より15時間遅く新年を迎えることになる。ということはカンザスが新年を迎えるのは、日本の元日の午後3時。もしかしたら作者は、日本に身を置いていて、元日の午後3時に、〈米国のへそのあたりの去年今年〉だなあ、と思っているのかもしれない、とも思えてきた。

アメリカにいて体験しているにせよ、アメリカを離れて思いを馳せているにせよ、作者の行動範囲、想像範囲が広いところも掲句から自由自在な気分が立ち上がってくる理由かもしれない。

さらに読み返すうちに、アメリカが移民の国であることに思い至ると、ここに住む大多数の清教徒の子孫のみならず、多種の少数民族や先住民の、それぞれにとって伝統的な〈去年今年〉に思いを馳せることもできるのだ。

そんな少数民族の一つ、日本人である筆者夫妻の〈去年今年〉。巷には日本の正月の気配は全くといっていいほどないが、毎年、自宅では鏡餅を飾り、大晦日は年越し蕎麦、元旦は雑煮とお節にて、正月を祝っている。おかげさまで穏やかに2021年を迎えることができ感謝するばかり。

さて、アメリカを鯛焼きに見立てるとしたら、きっとニューヨークは尾びれあたり。読者の皆さんの安全と健康と幸せを祈って、米国の尾びれから、

謹賀新年!

Happy New Year!

月野ぽぽな


【執筆者プロフィール】
月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)
1965年長野県生まれ。1992年より米国ニューヨーク市在住。2004年金子兜太主宰「海程」入会、2008年から終刊まで同人。2018年「海原」創刊同人。「豆の木」「青い地球」「ふらっと」同人。星の島句会代表。現代俳句協会会員。2010年第28回現代俳句新人賞、2017年第63回角川俳句賞受賞。
月野ぽぽなフェイスブック:http://www.facebook.com/PoponaTsukino



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