ハイクノミカタ

天高し風のかたちに牛の尿 鈴木牛後【季語=天高し(秋)】


天高し風のかたちに牛の尿

鈴木牛後


たとえば、(夏の季語である)噴水が「風のかたちに」吹かれていても、俳句としては「ああ、そうですよね」で終わってしまう。

それは誰もがよく見る景で、想像することも難しくはないからだ。しかし「牛の尿」は、どうか。

作者は牧場で「牛飼い」をしているが、さりとて日常的というわけではなく、牛を見ることなく生活している多くの人にとっては、なおさらだ。

というよりも、「尿」(俳句では「しと」と二音で読む)は、生物のからだから「排泄」されるものであり、その意味でいえば、「きれい」なものではないが、秋空高く、おおどかな風に煽られて散ってゆく尿は、むしろ美しくさえある。

牛の尿を「美しい」という感じることは、俳人として「まっとう」な感性であるが、真似してみよと言われても、なかなか真似できるものではない。おそらく、この句を特徴づけているのは、言葉のうえでの技巧(「汚い」とされているものを「きれい」な光景と「取り合わせる」)でさえなく、むしろ「牛の尿」に目がいってしまう感受性が先行しているのだと思う。

いいかえれば、「天高し」から逆算的に「牛の尿」が発想されているのではなく、逆に「牛の尿」のおかげで、「天高し」がリアリティをもって、作者の肉体に感じられている。季語に肉体性を持たせているのは、むしろ「牛の尿」のほうなのだ。

「俳句」2019年12月号より。

(堀切克洋)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 山椒の実噛み愛憎の身の細り 清水径子【季語=山椒の実(秋)】
  2. なにはともあれの末枯眺めをり 飯島晴子【季語=末枯(秋)】
  3. 鵙の朝肋あはれにかき抱く 石田波郷【季語=鵙(秋)】
  4. 巡査つと来てラムネ瓶さかしまに 高濱虚子【季語=ラムネ(夏)】
  5. 子燕のこぼれむばかりこぼれざる 小澤實【季語=子燕(夏)】
  6. まはし見る岐阜提灯の山と川 岸本尚毅【季語=岐阜提灯(夏)】
  7. 卒業す片恋少女鮮烈に 加藤楸邨【季語=卒業(春)】
  8. 両の眼の玉は飴玉盛夏過ぐ 三橋敏雄【季語=盛夏(夏)】

おすすめ記事

  1. 神保町に銀漢亭があったころ【第31回】鈴木忍
  2. 【春の季語】蛇穴を出る
  3. 【春の季語】蝶生る
  4. 海くれて鴨のこゑほのかに白し 芭蕉【季語=鴨(冬)】
  5. 大揺れのもののおもてを蟻の道 千葉皓史【季語=蟻(夏)】
  6. 金魚すくふ腕にゆらめく水明り 千原草之【季語=金魚(夏)】
  7. 天狼やアインシュタインの世紀果つ 有馬朗人【季語=天狼(冬)】
  8. 【春の季語】啄木忌
  9. 【#23】懐かしいノラ猫たち
  10. 象潟や蕎麦にたつぷり菊の花 守屋明俊【季語=菊(秋)】

Pickup記事

  1. 神保町に銀漢亭があったころ【第6回】天野小石
  2. 境内のぬかるみ神の発ちしあと 八染藍子【季語=神の旅(冬)】
  3. 少女期は何かたべ萩を素通りに 富安風生【季語=萩(秋)】
  4. 年を以て巨人としたり歩み去る 高浜虚子【季語=行年(冬)】
  5. 杖上げて枯野の雲を縦に裂く 西東三鬼【季語=枯野(冬)】
  6. 【新年の季語】獅子舞
  7. バレンタインデー心に鍵の穴ひとつ 上田日差子【季語=バレンタインデー(春)】
  8. 神保町に銀漢亭があったころ【第97回】岸田祐子
  9. 【#16】秋の夜長の漢詩、古琴
  10. 【連載】俳人のホンダナ!#5 渡部有紀子
PAGE TOP