ハイクノミカタ

大揺れのもののおもてを蟻の道 千葉皓史【季語=蟻(夏)】


大揺れのもののおもてを蟻の道

千葉皓史
『句集 家族』

先週、能登半島で震度6強の地震があった。その時は長野の戸隠と黒姫のまわりの山麓を15キロばかり歩いて、それから鏡池にあるガレットをだすお店でビール休憩をしようと戸隠の森林公園に入って木道の上を歩き始めたところだった。この時期は鳥の囀りがにぎやかなところで、バードウォッチャーのグループも多く、普段なら水芭蕉の咲き誇る園内のあちらこちらのモバイルから、急に警報が鳴り響くという異様なことが起きてまもなく揺れ初め、けっこう長く揺れていた(長野市は震度3だったそう)。山の中で地震にあうのは初めてのことで、山と森が揺さぶられ、ざわめくのを初めて体感することになった。

さて、掲句は先月刊行された著者の第二句集から。「ほぼ平成の末年までの作品を収めた」(帯文から)とのこと。この作者にして二冊目の句集だったのかと驚いてしまう。上記のような経験をしたあとだったので、「大揺れのもののおもて」に目がとまった。あの時は木道の上だったから姿は見えなかったけれど、山道にはさかんに歩きまわる蟻たちがいたので、地震の起きた時もたぶん何事もなかったかのように蟻は歩いていたのではなかろうか、と思った。とはいえ、この「大揺れ」は、別に地震のこととは限らない。蟻の世界における大揺れであるわけだから、風に揺れる若木の幹などでもいっこうにさしつかえはないだろう。あるいはもっと抽象度をあげて、変動のはげしいこの世界そのものと見ることもできるかもしれない。なんにせよ、蟻は蟻の歩みを止めることはない。そこが揺らがないからこそ「大揺れのもののおもて」という何が揺れているのか具象化されない大ぶりな措辞に味わいの妙味があるのだろう。

なお、『句集 家族』は著者より寄贈いただきました。記して御礼申し上げます。

橋本直


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


橋本直さんの第一句集『符籙』はこちら】


【橋本直のバックナンバー】

>>〔134〕銀河系のとある酒場のヒヤシンス 橋 閒石
>>〔133〕春の日やあの世この世と馬車を駆り 中村苑子
>>〔132〕灰神楽かと思ひきや杉花粉 天沢退二郎
>>〔131〕黄沙いまかの楼蘭を発つらむか 藤田湘子
>>〔130〕実るなと掴む乳房や春嵐    渡邉美愛
>>〔129〕誰もみなコーヒーが好き花曇  星野立子
>>〔128〕変身のさなかの蝶の目のかわき 宮崎大地
>>〔127〕恋さめた猫よ物書くまで墨すり溜めし 河東碧梧桐
>>〔126〕くれなゐの花には季なし枕もと  石川淳
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>>〔124〕ひかり野へきみなら蝶に乗れるだろう 折笠美秋
>>〔123〕自愛の卓ポテトチップは冬のうろこ 鈴木明
>>〔122〕ものゝふの掟はしらず蜆汁   秦夕美
>>〔121〕灯を消せば部屋無辺なり夜の雪 小川軽舟
>>〔120〕冬深し柱の中の波の音     長谷川櫂
>>〔119〕よもに打薺もしどろもどろ哉    芭蕉
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>>〔116〕集いて別れのヨオーッと一本締め 雪か 池田澄子
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>>〔113〕本の山くづれて遠き海に鮫      小澤實
>>〔112〕とつぷりと後ろ暮れゐし焚火かな 松本たかし
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>>〔107〕どれも椋鳥ごきげんよう文化祭   小川楓子
>>〔106〕古池や芭蕉飛こむ水の音        仙厓
>>〔105〕秋海棠西瓜の色に咲にけり     松尾芭蕉
>>〔104〕幾千代も散るは美し明日は三越   攝津幸彦
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>>〔102〕駅蕎麦の旨くなりゆく秋の風     大牧広
>>〔101〕茄子もぐ手また夕闇に現れし    吉岡禅寺洞
>>〔100〕汽車逃げてゆくごとし野分追ふごとし 目迫秩父

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>>〔97〕おやすみ
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>>〔45〕片影にこぼれし塩の点々たり     大野林火
>>〔44〕もろ手入れ西瓜提灯ともしけり   大橋櫻坡子
>>〔43〕美しき緑走れり夏料理        星野立子
>>〔42〕遊女屋のあな高座敷星まつり     中村汀女
>>〔41〕のこるたなごころ白桃一つ置く   小川双々子
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>>〔39〕太宰忌や誰が喀啖の青みどろ    堀井春一郎
>>〔38〕草田男やよもだ志向もところてん    村上護
>>〔37〕水底を涼しき風のわたるなり     会津八一
>>〔36〕棕梠の葉に高き雨垂れ青峰忌    秋元不死男
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>>〔34〕夕立や野に二筋の水柱       広江八重桜
>>〔33〕雲の上に綾蝶舞い雷鳴す      石牟礼道子
>>〔32〕尺蠖の己れの宙を疑はず       飯島晴子
>>〔31〕生前の長湯の母を待つ暮春      三橋敏雄
>>〔30〕産みたての卵や一つ大新緑      橋本夢道
>>〔29〕非常口に緑の男いつも逃げ     田川飛旅子
>>〔28〕おにはにはにはにはとりがゐるはるは  大畑等
>>〔27〕鳥の巣に鳥が入つてゆくところ   波多野爽波
>>〔26〕花の影寝まじ未来が恐しき      小林一茶
>>〔25〕海松かゝるつなみのあとの木立かな  正岡子規
>>〔24〕白梅や天没地没虚空没        永田耕衣
>>〔23〕隠岐やいま木の芽をかこむ怒濤かな  加藤楸邨
>>〔22〕幻影の春泥に投げ出されし靴     星野立子
>>〔21〕餅花のさきの折鶴ふと廻る       篠原梵

>>〔20〕ふゆの春卵をのぞくひかりかな    夏目成美
>>〔19〕オリヲンの真下春立つ雪の宿     前田普羅
>>〔18〕同じ事を二本のレール思はざる    阿部青鞋 
>>〔17〕死なさじと肩つかまるゝ氷の下    寺田京子
>>〔16〕初場所や昔しこ名に寒玉子     百合山羽公
>>〔15〕土器に浸みゆく神酒や初詣      高浜年尾
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>>〔13〕柊を幸多かれと飾りけり       夏目漱石
>>〔12〕杖上げて枯野の雲を縦に裂く     西東三鬼
>>〔11〕波冴ゆる流木立たん立たんとす    山口草堂
>>〔10〕はやり風邪下着上着と骨で立つ    村井和一
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>>〔8〕山茶花の弁流れ来る坂路かな     横光利一
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>>〔6〕紅葉の色きはまりて風を絶つ     中川宋淵
>>〔5〕をぎはらにあした花咲きみな殺し   塚本邦雄
>>〔4〕ひっくゝりつっ立てば早案山子かな  高田蝶衣
>>〔3〕大いなる梵字のもつれ穴まどひ     竹中宏
>>〔2〕秋鰺の青流すほど水をかけ     長谷川秋子
>>〔1〕色里や十歩離れて秋の風       正岡子規


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