言葉がわからないので笑うてわかれる露草咲いてゐる 種田山頭火【季語=露草(秋)】

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言葉がわからないので笑うてわかれる露草咲いてゐる

種田山頭火
『山頭火俳句集』岩波文庫


種田山頭火は、1940(昭和15)年10月11日に脳溢血で没していて、まもなく没後八十一周年ということになる。つい先日、松山の山頭火の旧居(一草庵)近くの護国神社に、種田山頭火・野村朱鱗洞句碑が建立された。没後近親者たちが計画し実現しなかった句碑の建立を、その遺志を継ぐ人々が八十年の時を経て実現した由。山頭火という人は、没して一世紀近く経ってなお、こういう風に人に愛されるところがある。

掲句は死の一月ほど前、9月17日の日記より。つまり最晩年の句ということになる。見慣れない人がこれだけ読んでいると、その字数に面食らうことになるだろうか。28字あるから数の上では短歌に近いが、自由律には長律もあるので特別長いというほどではない。日記のメモだから仮名遣いがちょっと変だが、外国人かまたは言葉の不自由な人と笑顔で挨拶を交わしたことを句にしたと読める。近隣を散歩していてそんな出来事があったものか。映像喚起力のある句であり、たとえばこれがどこか外国の街角の風景であったとしても、違和感なく成立するのではないか。

この句の、「言葉がわからない」という出だしは、山頭火の過去の経験が踏まえられていると思われる。昭和五年、九州を放浪行乞の旅でまわっていた時の句に宮崎で「言葉が解らないとなりにをる」(10月12日日記。「層雲」には翌年1月号で「言葉が解らない隣にをる」として発表)と詠んだ。それが屋外のことなら、ならんで腰掛けて休憩でもしているような風景と思われるのであるが、行乞放浪中の山頭火は、行く先々の貧乏宿(大部屋で個室ではない)、いわゆる木賃宿に泊まっていて、日記には同室同宿人についての感想も折々に書き込まれ、そこには行商の朝鮮半島や中国出身の人もいたから、同宿していて言葉がわからない、という意味であった可能性もある。そうなると、「隣にをる」という部分からは、山頭火の意思疎通のできない同宿人への旅人の心理としての警戒心を感じ取ることもできるだろう。そして当時の山頭火が精神的に不安定であったことがその背景にあったと考えることもできるだろうし、日本人一般の日本語を話せない人間への心理傾向を汲み取ることもできるだろう。それに比べて掲句の方はずいぶんおだやかな詠みぶりであり、「笑うてわかれる」という部分には、既に定住の地を得ている山頭火の心の平穏を読むことができるようにも思われる。

ところで、放浪行乞の旅をしていたころの山頭火には、「おぼつかない日本語で飴がよう売れる」「しぐるゝや旅の支那さんいつしよに寝てゐる」「志那の子供の軽業も夕寒い」「夜も働く支那の子供よしぐれるな」「別れるまへの支那の子供と話す」「志那人の寝言きいてゐて寒い」「吹いても吹いても飴が売れない鮮人の笛かよ」など、同宿したと思われる外国人行商人にフォーカスした句が少なくない。日記に書かれる山頭火の彼らへの眼差しは時代なりに平凡なものだが、たとえば、ここで詠まれている行商の「飴売り」は、いまや縁日の屋台のりんご飴や飴細工くらいしかポピュラーではないけれども、「唐人飴売り」に代表される江戸以来の連綿とした長い歴史があり、あえて奇妙な言葉遣いや楽器で人を寄せて飴を売っていた文化伝統があったことで、近代以降になって日本語の不自由な東洋系外国人の行商としても都合がよかったということを背景にもっている。昭和初期のそのような社会の底辺層の行商人達の中に混じってその印象を日記に書き、句に詠み込んでいる俳人は、他にはほとんどいないのではないだろうか。山頭火の句には、そのような視点からの興味もわくところがある。

なお、句の引用は岩波文庫の『山頭火俳句集』および春陽堂の『山頭火全句集』による。岩波文庫は2018年の出版で、夏石番矢編。これまでの山頭火の句集と違って本人が編んだ一代句集『草木塔』とそれ以外が並ぶという体裁をとらず、資料から夏石が推理した作成順で編んであるというものなので、今回のように『草木塔』に掲載されていない句の発見がある。解説も比較文学者としての夏石の本領が発揮され、非常に面白いものとなっている。

橋本直


🍀 🍀 🍀 季語「露草」については、「セポクリ歳時記」もご覧ください。


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>>〔1〕色里や十歩離れて秋の風       正岡子規


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


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