のこるたなごころ白桃一つ置く 小川双々子【季語=白桃(秋)】

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のこるたなごころ白桃一つ置く

小川双々子
(『小川双々子全句集』1990年)


第三句集『くろはらいそ』所収の句。状況の情報がないとよくわからない句である。「のこる」と形容された「たなごころ」はどこか物質的で、人ではなく像のそれではないかという印象さえ受ける。しかし、句集の前後の句群を通して読むと、それは「復生院」と前書のある「預言灼けテトラポットの白き翳」から「むしろかなしテトラポットの灼けならび」までの、そうは断っていないものの、十二句の連作のなかの一句ということとがわかる。「復生院」は静岡県御殿場市にある神山復生病院のことだろう。日本最古のハンセン病の治療・療養施設で、明治時代にフランスのカソリック宣教会の神父が開いた。小川双々子はカソリック信者であり、静岡の在であった。詳細は不明だが、おそらく宗教活動のボランティアで訪問した際の作ではないかと想像される。ハンセン病がどのような病であるのかがわかっていれば、掲句の「のこる」の言わんとするところはたやすく理解され、たなごころを含めた療養者の全身の受け止める白桃の輝きや芳香、そして「置く」行為の善意とか清らかさとか、願いとかが場にただよいはじめる。その文脈で読めば、「肩たたけば癩の彼より汗零る」「縫合の顔蟬聲に満されて」「花野に沈むこはれし掌ふりづつけ」というような一連の句群も違和感なく読み進めることが許されようが、その文脈からやや引いたところ、現代の私の感覚からしてこれらの句の中にある作家の眼差しをどう読むのか、ということを思うとき、双々子には悪いが、こんなに無邪気に詠んで良かったのか、と考え込んでしまう。あるいは考えすぎなのかもしれないけれども。

小川双々子はいわゆる前衛系の俳人といわれていて、その点で言えば掲句のような句は本領ではなく、普通には読みの文脈を構築させないような、かなり難解な句を詠む人という印象がある。おそらく「前衛俳句」の俳人とされた作家達の中でも異質な存在なのではないかと思われ、その位置づけは興味深いのだが、亡くなって約十五年の間にその句業を取り上げられることが少なく、雑誌での特集などはほとんどされていないのではないだろうか(注)。掲句のような句群も含めた、この作家の句業の全体像をまとめた仕事がどこからか出てくると嬉しいのだけれど。

注・・・小川双々子の仕事について紹介してあるサイトはこの二つくらい。
①円形広場「小川双々子の世界」
http://www.ctk.ne.jp/~buma-n46/ogawa.html
②スピカ(杉本徹×関悦史×神野紗希×野口る理による座談会)
2012年4月28日「2012年4・5月 第五回 餅搗の搗き込むつよき光をかな 小川双々子(関悦史推薦)」
http://spica819.main.jp/yomiau/6435.html

橋本直


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【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


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