ハイクノミカタ

杖上げて枯野の雲を縦に裂く 西東三鬼【季語=枯野(冬)】


杖上げて枯野の雲を縦に裂く 

西東三鬼(「西東三鬼全句集」)


昭和29年の作。三鬼といえば、ロシア人ワシコフ氏に石榴を打ち落とさせた(「露人ワシコフ叫びて柘榴打ち落とす」昭和22年)人だが、これは三鬼の神戸時代の実体験に基づく作であるといわれている。では自分は、というと、この句。まるで大魔法使いよろしく、空に向かって杖を振り上げ、雲を縦に裂いてしまうのである。魔法使いというのは、あの三鬼のいささか山っ気のある風貌によく似合っていて、笑ってしまう。

しかし三鬼は、言葉の上で現実の現象から広げたイメージを昇華することはやるが、まったくの絵空事で句を詠むことを好むタイプの作家ではないように思われる。この句について、現実がどのような景であったかの資料は未詳だが、年齢から言えば昭和29年の三鬼は54歳で、老齢ゆえの杖ではないと思われる。とすれば、旅先で登山でもしていたと考えるのが妥当であろう。「枯野の雲」という措辞は、あるいは山頂側から下界の雲を見下ろしてのことかもしれない。見下ろした雲に杖を向けたのならば、視界の中では簡単に真っ直ぐ雲を裂くことができる。山上にあって仙人の気分、というところか。

合理的に解釈をすればそんなところに落ち着きそうな句ではあるが、あの三鬼が魔法使いやら仙人の衣装に身を固め、山上で大仰に杖を振るっている風景を想像するほうが、この句の読みとしてはよほど愉しい。そしてこの山が、虚子の句の枯野の先の遠山であったなら、ちょっと出来すぎているくらい可笑しい。

橋本直


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. ビーフストロガノフと言へた爽やかに 守屋明俊【季語=爽やか(秋)…
  2. 銀漢を荒野のごとく見はるかす 堀本裕樹【季語=銀漢(秋)】
  3. 鉛筆一本田川に流れ春休み 森澄雄【季語=春休み(春)】
  4. をぎはらにあした花咲きみな殺し 塚本邦雄【季語=荻(秋)】
  5. 白梅や粥の面てを裏切らむ 飯島晴子【季語=白梅(春)】
  6. 澤龜の萬歳見せう御國ぶり 正岡子規【季語=萬歳(新年)】
  7. 嗚呼これは温室独特の匂ひ 田口武【季語=温室(冬)】
  8. 季すぎし西瓜を音もなく食へり 能村登四郎【季語=西瓜(秋)】

おすすめ記事

  1. めちやくちやなどぜうの浮沈台風くる 秋元不死男【季語=台風(秋)】
  2. 月代は月となり灯は窓となる   竹下しづの女【季語=月(秋)】
  3. 凍る夜の大姿見は灯を映す 一力五郎【季語=凍る(冬)】
  4. 鵙の朝肋あはれにかき抱く 石田波郷【季語=鵙(秋)】
  5. 【夏の季語】麦茶/麦湯
  6. 対岸や壁のごとくに虫の闇 抜井諒一【季語=虫(秋)】
  7. 白魚の目に哀願の二つ三つ 田村葉【季語=白魚(春)】
  8. 「けふの難読俳句」【第2回】「尿」
  9. 芽柳の傘擦る音の一寸の間 藤松遊子【季語=芽柳(春)】
  10. 【冬の季語】時雨

Pickup記事

  1. 【春の季語】猫の恋
  2. 【#35】俳誌に連載させてもらうようになったことについて
  3. 【#26-1】愛媛県南予地方と宇和島の牛鬼(1)
  4. 【秋の季語】新蕎麦
  5. 月光にいのち死にゆくひとと寝る 橋本多佳子【季語=月光(秋)】
  6. 一年の颯と過ぎたる障子かな 下坂速穂【季語=障子(冬)】
  7. 【連載】漢字という親を棄てられない私たち/井上泰至【第2回】
  8. 白魚のさかなたること略しけり 中原道夫【季語=白魚(春)】
  9. 中年の恋のだんだら日覆かな 星野石雀【季語=日覆(夏)】
  10. 【秋の季語】鴨渡る
PAGE TOP