ハイクノミカタ

夏帯にほのかな浮気心かな 吉屋信子【季語=夏帯(夏)】


夏帯にほのかな浮気心かな

吉屋信子
(『文人俳句歳時記』)

 浮気とは、どこからが浮気なのだろうか。男性は、キスをしたらとか肉体関係を持ったらとか具体的な行為にて一線を引くのに対し、女性は、良いなと思った時点で浮気と言う人が多いのではないだろうか。と思ったが、こればかりは人それぞれで、サッカー選手の誰それがカッコイイと言っただけで浮気者と罵る男性もいるし、肉体関係を持っても遊びなら良いと気に留めない女性もいる。

 日本が一夫一婦制になったのは、明治31年。それまでは、一夫多妻制であった。女性の浮気は許されず、姦通罪として処罰された。肉体関係の無い、心の浮気は許されていたと思われる。現在でも証拠がないと浮気にはならない。あくまでも法的な話である。

 恋人の間柄の場合は、他の異性と二人きりで会うのも浮気と見なされることがある。大学時代、アルバイトの帰りに同僚男性とファミリーレストランで飲んだことがある。店長の悪口を言って大いに盛り上がった。ところが、その現場を男性の恋人の友人に目撃されてしまった。翌日、恋人に泣かれて大変だったという。そうかと思うと、サークルの女性先輩が卒業コンパに参加するために化粧をしていたら恋人に嫉妬されて来られなかったこともある。飲み会に行くのも浮気になってしまうのだ。

 平安時代は女性の浮気が黙認されていた。『源氏物語』の女三宮は、父親である朱雀帝の願いにより、降嫁して光の君の正妻となる。光の君には紫の上という最愛の女性がいたが、政治的な理由もあり受け入れる。恋を知らないまま嫁いだ女三宮は、幼い言動が多く光の君を失望させてしまう。やがて女三宮に想いを寄せていた柏木が強引に迫り関係を結ぶ。その結果生まれたのが「宇治十帖」の主人公薫の君である。光の君は、不義の子であると知りつつも薫の君を自身の子として認める。なぜなら光の君は、父親の桐壺帝が寵愛した藤壺の宮と関係を持ち不義の子(冷泉帝)を産ませた過去を持っていたからだ。因果応報と思ったのだ。

 平安時代の女流歌人伊勢は、藤原摂関家の仲平と交際後、その兄の時平と関係を持つ。さらには宇多天皇の寵愛を受け、その皇子の敦慶親王と結ばれ中務を生む。私家集である『伊勢集』には、数々の恋愛模様が面白く描かれている。大臣の時平が突然訪問してきた際、伊勢は名もなき男性と逢瀬中であったため、病気を理由に門前払いをする。大臣は伊勢の浮気を知りつつも、数時間にわたり門の前に居座ったとか。伊勢は宮中に仕える女房という気軽な立場であったため、自由に恋愛をすることができたのだ。

 奈良時代はさらに自由である。『万葉集』の歌人高橋虫麻呂は末の珠名という美女を詠んでいる。珠名は複数の男性と関係を持っていた。遊女のような存在であったとの指摘もある。虫麻呂は、筑波山の歌垣のことも詠んだ。若い男女が集まり歌を詠み交わし一夜の恋を楽しむ行事である。人妻も歌垣の夜には、性的な解放が許されていた。

 自由恋愛の時代でも嫉妬の心はあるので、女性はもちろんのこと、男性もまた相手を気遣い、浮気を隠すこともあれば、「心は君だけのもの」といった内容の歌を贈ることもある。体の浮気が浮気とされない、心だけを欲する、ある意味純粋な時代もあったのだ。

  夏帯にほのかな浮気心かな   吉屋信子

 作者は、大正から昭和にかけて活躍した小説家である。男尊女卑の頑固な父親に反発し、文学を志す。少女向けの小説『花物語』により人気作家となる。同性愛者であり、二人の女性がパートナーとして知られている。男性に恋をしたことがあるのかどうかは分からないが、恋する心は相手が同性であろうと異性であろうと変わりはない。

 昭和10年から連載された『良人の貞操』は、主人公が夫と親友の不倫関係に悩む話である。良妻賢母であろうと努める主人公にちくいち難癖をつける夫。寡婦となり頼りない存在だが、細やかな気遣いのある親友女性。夫と親友が恋に落ちた理由は何となく分かる。昭和初期の小説なので主人公は夫の浮気を許し、罪悪感に苛まれた親友は別の男性と再婚する。だが、ちくりちくりと夫を責めている感触が残る。浮気は男の甲斐性と言われていた時代に、冷や水を浴びせかけた作品であった。

掲句は小説家の俳句なので、事実ではないのかもしれない。さらには、同性愛というフィルターがかかると余計に物語めいてしまう。私も少女期には憧れの女性がいた。友人たちはボーイッシュな先輩に騒めいていたが、私が秘かに好きだったのは可憐な女の子であった。手先が器用で石鹸の匂いのする女の子。彼女が他の子と話をしているだけで狂おしい気持ちになった。恋とは違うのはどこかで分かっていた。だけれども、憧れと恋は未分化だ。女性が女性に恋をすることはある。その後、本当に親友と思える女性と仲良くなった時、微かな痛みがあった。

 帯は、着物の肝となる部分である。勝負の日には高価な帯を締める。夏帯は、涼し気な演出が必要だ。帯を選ぶ時、しみじみと夏を実感し心がはしゃぐ。おろしたての帯には、官能的な手触りがある。

 掲句のヒロインは、恋人以外の人と逢うため、普段用ではなく特別な帯を巻いたのだ。その時にふと「これは浮気かも」という罪悪感とも違うときめきが走った。だから〈ほのか〉なのだ。浮気心を楽しんでいるかのような女性特有の優越感が感じられる。

 恋人以外の人とデートの約束をすると不思議なほど胸が高鳴るものだ。恋はまだ始まってはいないし、恋人を裏切る気持ちは全くない。人は、新しいものを探し続ける。文学者であれば、尚更のことだ。本当に浮気をする必要はない。ほのかな浮気心が一番刺激的で楽しい。浮気には認定されないそんなときめきがあっても良いのではないだろうか。

篠崎央子


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篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


【篠崎央子のバックナンバー】

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>>〔7〕求婚の返事来る日をヨット馳す   池田幸利
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>>〔4〕男欲し昼の蛍の掌に匂ふ      小坂順子
>>〔3〕梅漬けてあかき妻の手夜は愛す  能村登四郎
>>〔2〕凌霄は妻恋ふ真昼のシャンデリヤ 中村草田男
>>〔1〕ダリヤ活け婚家の家風侵しゆく  鍵和田秞子


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