ハイクノミカタ

男色や鏡の中は鱶の海 男波弘志【季語=鱶(冬)】

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男色や鏡の中は(ふか)の海

男波弘志
(『阿字』)

 男色とは、男性同士の恋愛のこと。古くは衆道ともいう。平安時代、女人禁制の寺院では、高僧と弟子との間には、主従を越えた関係が存在していた。有名な話だが、最澄は、愛弟子である泰範を空海のもとにて学ばせたところ、泰範は空海に心酔してしまい戻ってこなかったという。このことが原因で最澄と空海は仲違いをしたと言われている。真実は分からないが、泰範を巡り三角関係であったと憶測されている。

 平安末期に書かれた藤原頼長の日記『台記』には、男性同士の夜の営みが克明に描かれている。高貴な身分にある男性同士の恋愛の背景には、政治的な動きが見られる。政敵の重臣や中立的な立場の者との肉体関係は、自身の野望を叶えるネットワークとなる。室町時代の能楽の創始者世阿弥は、足利義満の寵愛を受け能楽を広めてゆく。

 戦国時代では、織田信長と小姓である蘭丸との関係が有名である。戦地には女人を連れて行けなかったため、武士は、身の回りの世話をする小姓を性欲の対象とした。死と隣り合わせの戦場での契りは、男女間よりも深い絆があったと想像される。立場の強い男性とそれに仕える少年との恋は、武士道の忠義にも繋がり、命がけの関係であった。時には、出世の手段ともなる。

 江戸時代の井原西鶴の『男色大鑑』には、当時の様々な男性同士の恋愛が描かれている。基本的には、年上の男性が美少年に恋をする構造である。美少年を巡って決闘になることもある。江戸時代は、妻を寝取られた男性が間男と妻を討ち取ることは認められていたが、男色による流血は認められていなかった。諍いを起こせば両成敗となり、死を覚悟しなくてはならない。男色は、江戸の男社会のなかで暗に認められていながらも、許されない恋であった。

 現在は、女子の間でボーイズラブの物語が流行っている。通称BLである。男性同士の恋愛の物語を女子が読んで楽しむ。『男色大鑑』が男性のために書かれた時代を思うと、文化とは恐ろしいものである。

 私が幼い頃に読んだ『日出処の天子』(原作:山岸凉子)は、若き日の厩戸王子(聖徳太子)と蘇我毛人(蘇我蝦夷)との淡い恋心を交えながら描かれた歴史漫画である。読者は、蘇我家の棟梁息子の毛人に自分自身を重ね、不思議な能力を持つ厩戸王子への想いを応援したものである。女性と見紛うばかりの美しさを備えた厩戸王子が一途に毛人を慕う姿が切ない。二人の恋は実らないのだが、史実など無視して愛し合って欲しいと願った。

 平成に入った頃は、「やおい」というものが流行った。漫画やアニメに登場する美男子同士が恋愛をするという設定の二次創作である。心優しい美少年が野性的な男性に迫られ苦悩する展開が多かったように記憶している。魅力的な男性キャラクター同士の恋愛物語は、一度で二度美味しい。現在のBLもその流れにあると考えているのだが、どうだろうか。

 映画『ベニスに死す』や『ブエノスアイレス』も男性が男性に恋をする物語だが、美しく哀しい記憶だけが残る。恋の究極とは、美の究極とは、男色なのではないか。

ギリシャ神話の神々も美少年を愛した。力のある神のみに許された美少年への愛は、美への追究であり、国が豊かであることの証しでもあるのだ。

  男色や鏡の中は(ふか)の海   男波弘志

 鱶はサメのことで冬の季語である。古代より食用とされていた。「フカヒレ」や「キャビア(チョウザメの卵巣)」などが知られている。現在では、モウカザメやアブラツノザメの肉などもスーパーに並ぶ人気食品である。サメというと、人を襲う獰猛で危険な生き物というイメージがある。実際には、人を襲うサメは少ないのであるが、気を付けるにこしたことはない。魚類の中では珍しく、オスとメスが互いの生殖器を合わせる形の交尾をする。種類によっては、単為生殖、メスが受精をせずに子供を産むこともある。また、オスが一定量増えると、メスに性転換するオスが現れ繁殖をする場合もあるらしい。

 作者は男色ではないが、そこはかとなくエロスの漂う句が魅力である。〈くちびると背中合わせの椿かな 男波弘志〉〈蟋蟀や女体にて水呑み終る 男波弘志〉〈乳房もて秋の螢を囲みけり 男波弘志〉など。人間の持つ肉体美を他の動植物に融合させエロスを生み出す。当該句の〈男色〉という言葉もまた、新しい詩情を生むための一つの表現に過ぎない。作者から紡ぎ出される不思議な言葉の海は、観念的な一面を持ちつつも、手に触れることのできる高さにある。だからこそ惹かれてしまうのだ。

 作者の師匠であった「槐」の岡井省二主宰には、鱶の句が多い。関西出身の岡井氏は、サメのことを鱶と呼ぶ。食べ物としてあるいは、生き物として鱶を詠んだ師に対して、作者の鱶の句には観念的な美意識がある。〈惟光が面を外す鱶の海 男波弘志〉では、『源氏物語』の従者で、後には幇間の異名ともなる惟光が面を外す。そこには、鱶の泳ぐ荒々しい海がある。光源氏の心情を察し、機嫌を取ったり、女人との橋渡しをしたりする惟光には、どのような素顔があったのであろうか。

 水族館でサメの水槽を見たことがある。雌雄も分からないサメがひたすら泳いでいた。上も下も右も左もサメ。鏡張りの水槽なのかと錯覚を覚える。サメは時に自分に向かってまっしぐらに泳いでくる。他のサメにぶつかってもガラスにぶつかっても気にしない。よく見ればサメは傷だらけであった。他者を傷つける性格のあるサメは、自身も傷ついているのである。弱肉強食の末に得た自己陶酔を泳ぐサメは究極の美である。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


【篠崎央子のバックナンバー】

>>〔71〕愛かなしつめたき目玉舐めたれば   榮猿丸
>>〔70〕「ぺットでいいの」林檎が好きで泣き虫で 楠本憲吉
>>〔69〕しんじつを籠めてくれなゐ真弓の実 後藤比奈夫
>>〔68〕背のファスナ一気に割るやちちろ鳴く 村山砂田男
>>〔67〕木犀や同棲二年目の畳       髙柳克弘
>>〔66〕手に負へぬ萩の乱れとなりしかな   安住敦
>>〔65〕九十の恋かや白き曼珠沙華    文挾夫佐恵
>>〔64〕もう逢わぬ距りは花野にも似て    澁谷道
>>〔63〕目のなかに芒原あり森賀まり    田中裕明
>>〔62〕葛の花むかしの恋は山河越え    鷹羽狩行
>>〔61〕呪ふ人は好きな人なり紅芙蓉  長谷川かな女
>>〔60〕あかくあかくカンナが微熱誘ひけり 高柳重信
>>〔59〕滴りてふたりとは始まりの数    辻美奈子
>>〔58〕みちのくに戀ゆゑ細る瀧もがな   筑紫磐井
>>〔57〕告げざる愛地にこぼしつつ泉汲む 恩田侑布子
>>〔56〕愛されずして沖遠く泳ぐなり    藤田湘子
>>〔55〕青大将この日男と女かな      鳴戸奈菜
>>〔54〕むかし吾を縛りし男の子凌霄花   中村苑子
>>〔53〕羅や人悲します恋をして     鈴木真砂女
>>〔52〕ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき  桂信子
>>〔51〕夏みかん酢つぱしいまさら純潔など 鈴木しづ子
>>〔50〕跳ぶ時の内股しろき蟇      能村登四郎
>>〔49〕天使魚の愛うらおもてそして裏   中原道夫
>>〔48〕Tシャツの干し方愛の終わらせ方  神野紗希
>>〔47〕扇子低く使ひぬ夫に女秘書     藤田直子
>>〔46〕中年の恋のだんだら日覆かな    星野石雀
>>〔45〕散るときのきてちる牡丹哀しまず 稲垣きくの
>>〔44〕春の水とは濡れてゐるみづのこと  長谷川櫂
>>〔43〕人妻ぞいそぎんちやくに指入れて   小澤實
>>〔42〕春ショール靡きやすくて恋ごこち   檜紀代
>>〔41〕サイネリア待つといふこときらきらす 鎌倉佐弓


>〔40〕さくら貝黙うつくしく恋しあふ   仙田洋子
>〔39〕椿咲くたびに逢いたくなっちゃだめ 池田澄子
>〔38〕沈丁や夜でなければ逢へぬひと  五所平之助
>〔37〕薄氷の筥の中なる逢瀬かな     大木孝子
>〔36〕東風吹かば吾をきちんと口説きみよ 如月真菜
>〔35〕永き日や相触れし手は触れしまま  日野草城
>〔34〕鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし    三橋鷹女
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>〔12〕赤き茸礼讃しては蹴る女     八木三日女
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