梅漬けてあかき妻の手夜は愛す 能村登四郎【季語=梅漬ける(夏)】

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梅漬けてあかき妻の手夜は愛す

能村登四郎


『咀嚼音』所収の有名な句である。梅干は日本人には欠かせない保存食であり健康食品でもある。用途も様々。昔は、それぞれの家庭で作っていた。長い年月、一族の間だけに伝わってきた作り方もある。梅干を作るには、いくつかの工程があり完成するまでに1ヶ月以上を要する。その途中過程にて登場するのが赤紫蘇である。赤紫蘇は灰汁抜きが必要であるため、塩漬けした後、絞る漬けるを繰り返し、下漬けした梅に漬け込んでゆく。手が赤く染まるのは、赤紫蘇を梅に漬け込むためのこの作業の時である。

私の記憶の梅干は、一族で作っていた。梅林を所有していた本家は、大きな樽十数杯になる梅を蔵で漬けていた。梅を拾う日、梅を干す日などは、カレンダーに書き込まれお祭りのような日程であった。夏空の下に広がる梅莚は、日々色が変わり魔法の石を敷き詰めたように輝いていた。

梅を拾ってから干すまでの間の面倒な工程は、黙々と主婦達が行う。拾った梅を洗って選別して漬けて…赤紫蘇を刈って洗って切って…梅を干すための莚を洗って干して…等の作業。一族が一丸となって梅干の行事をする背景には裏方の主婦達の作業が重きをなしていた。主婦である妻の手というものは夫だけのものではなく、一族のため、家族のために存在するのである。そして裏方である妻の地道な作業が全く評価されることがないのは、昔も今も同じである。

当該句は、家族のために手を赤く染めた妻の手を慈しんでいる句である。家族のためにあるその手は、夜は夫だけのものとなる。恐らく妻の手は、冬には水仕事によるあかぎれのため赤いのであろう。家族のために冬も夏も赤く染まっている妻の手を、いじらしく思い、同時に赤子の手のような幼さや不器用さを感じていたのだろう。

妻恋の句は甘くなりがちだが、この句からは、家族を支える妻の手への感謝の気持ちが伝わってくる。結婚するまでは、妻の手は白かったのかもしれない。結婚により、手を赤く染める妻を所帯じみているとけなすのではなく、しっかりと愛する夫。庶民的であり理想的な夫である。それこそがこの句の愛されている理由である。

篠崎央子


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


【篠崎央子のバックナンバー】
>>〔2〕
凌霄は妻恋ふ真昼のシャンデリヤ 中村草田男
>>〔1〕ダリヤ活け婚家の家風侵しゆく  鍵和田秞子


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