ハイクノミカタ

愛断たむこころ一途に野分中 鷲谷七菜子【季語=野分(秋)】


愛断たむこころ一途に野分中

鷲谷七菜子
(『黄炎』)


恋愛というのは、当事者の二人にしか分からないことが多い。状況の側面だけを見て第三者が良縁だの悪縁だのを判断すべきではない。その恋を突き進むのか、諦めるのかの最終決断は、当事者にしかできない。そもそも人の恋路に口を挟むなど、無粋というものである。そんなわけで、賛否はあるだろうが、私は心ひそかに眞子様を応援している。どんな未来が待ち受けているのだとしても、一人の男性を一途に想い続ける眞子様の気持ちを神々しく感じている。一方で、親の反対を押し切り結婚した結果、借金まみれとなり無惨な人生を送っている女性の記事を、最近目にした。確かに、一途なのも困りものではあるが、幸せならOK!!

二十代の頃、後輩からよく恋愛相談を持ちかけられた。当時、肉食系女子であった私は、とにかく押しの一手のアドバイスしかしなかった。押すか引くかは、相談者が決めることなので「あなたに言われた通りアタックしたのに振られた」というクレームはなかった。現実には、どんなに背中を押しても諦めてしまう相談者が多かった。単に気が弱いというのではなく、相談者の事情や相手の方の状況を考慮して身を引いたケースが多い。奥ゆかしい美学とは言い切れない現実もある。

私自身の数少ない経験だが、恋愛相談の際は、相談者もその相手の方のことも決して否定してはいけない。例えば「あなたは遊ばれている」とか「利用されているだけ」などとは、心の中で感じても決して言ってはいけない。また「相手はあなたを恋愛対象として見ていない」もNG。相談者は、諦められないがゆえに相談してくるのだから、諦める選択肢を提示してはならない。どうしたら相手の方が相談者に目を向けてくれるのかを一緒に考えるのである。これが、自分のこと以上に楽しいから厄介である。

そして相談者の多くは、私自身もそうだがアドバイザーの言うことを全く聞かない。相談した時点ですでに結論が出ていたのであろう。あるいは複数のアドバイザーの意見を聞きながら自身の出した結論が正しいと判断したのかもしれない。

相談者が出した結論も決して否定してはならない。私は基本的には「諦めるな」というアドバイスしかしないが、相談者が「諦める」と言えば次のステップを応援することに切り替えるようにしている。

相談できる恋はまだ可能性がある。世の中には、誰にも相談できない恋が数多ある。恋を進めるか諦めるかを決めるのは、自分自身でしかない。諦めて良かった恋も数多あるのである。

  愛断たむこころ一途に野分中  鷲谷七菜子

憧れてやまない鷲谷七菜子の一句。遠縁の男性との婚約が相手の都合により破談になった時のことを詠んだのではないかと言われている。恋を得ようとする時に湧き上がる感情と別れを決断する時の感情は、どちらが激しいだろう。個人的な見解だが、別れを決めた時の感情の方が激しい。好きなのに諦める時も嫌いになって別れる時も、心のエネルギーの消費量は、恋の始めよりも遥かに大きい。恋の始めのエネルギーは、可能性という甘美な優しさで包まれているが、別れるときは、海底火山が噴火して島が出来てしまうほどの愛憎が心を渦巻く。

作者には〈野にて裂く封書一片曼珠沙華 七菜子〉という句もある。本当に手紙を破いたのかどうかは分からないが激しい句である。

野分の狂おしい風の中を一途に進む〈こころ〉。愛を断つ勇気は、恋を成就させようとする勇気よりも激しい。愛を断たざるを得なかった一途な〈こころ〉は、諦められない恋情なのか、憎しみなのか。それとももっと前向きな、恋よりも激しい女の志だったのか。当該句収録の『黄炎』のあとがきには「俳句は、抵抗から生まれるものであると共に、愛から生まれるものだと、私は思っています。抵抗と愛、この二つの言葉は対極にありますけれども、決して断絶されたものとは思われません。」と書かれている。この境地に達するには、人を激しく愛し憎み、野分の中を進まねばならないのだ。

篠崎央子


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


【篠崎央子のバックナンバー】
>〔14〕へうたんも髭の男もわれのもの   岩永佐保
>〔13〕嫁がねば長き青春青蜜柑      大橋敦子
>〔12〕赤き茸礼讃しては蹴る女     八木三日女
>〔11〕紅さして尾花の下の思ひ草     深谷雄大
>>〔10〕天女より人女がよけれ吾亦紅     森澄雄
>>〔9〕誰かまた銀河に溺るる一悲鳴   河原枇杷男
>>〔8〕杜鵑草遠流は恋の咎として     谷中隆子
>>〔7〕求婚の返事来る日をヨット馳す   池田幸利
>>〔6〕愛情のレモンをしぼる砂糖水     瀧春一
>>〔5〕新婚のすべて未知数メロン切る   品川鈴子
>>〔4〕男欲し昼の蛍の掌に匂ふ      小坂順子
>>〔3〕梅漬けてあかき妻の手夜は愛す  能村登四郎
>>〔2〕凌霄は妻恋ふ真昼のシャンデリヤ 中村草田男
>>〔1〕ダリヤ活け婚家の家風侵しゆく  鍵和田秞子


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