ハイクノミカタ

龍の玉深く蔵すといふことを 高浜虚子【季語=龍の玉(新年)】


龍の玉深く蔵すといふことを

高浜虚子

いわゆる名句である。

中七下五の措辞は、円く熟した龍の玉の美しい碧色についても述べているけれど、さらにまた、たとえば世阿弥の『風姿花伝』の中の「秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず」に遠からぬ美学、いわば龍の玉のイメージと重なるイメージの美学についても述べている措辞だ。

「といふことを」という、何かはっきりしない言い止し方は、むしろ詠嘆に近い読み味を持っていると言え、あるいはこれ自体が「言い仰せて何かある」を実際にやってみせているようにもとれる。思えば詠嘆も、あるいは切れも、言い仰せない技術と言えば、そういうところもある。

しかし、「蔵す」という動詞がまた特別に的確だと思わされる。

安里琉太



【安里琉太さんの第一句集『式日』は絶賛発売中↓】


【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



安里琉太のバックナンバー】

>>〔67〕一天の玉虫光り羽子日和    清崎敏郎
>>〔66〕古きよき俳句を読めり寝正月  田中裕明
>>〔65〕スバルしずかに梢を渡りつつありと、はろばろと美し古典力学 永田和宏
>>〔64〕雪といひ初雪といひ直しけり  藤崎久を
>>〔63〕海鼠切りもとの形に寄せてある 小原啄葉
>>〔62〕枯蓮のうごく時きてみなうごく 西東三鬼
>>〔61〕ほほゑみに肖てはるかなれ霜月の火事の中なるピアノ一臺 塚本邦雄
>>〔60〕あたゝかき十一月もすみにけり 中村草田男
>>〔59〕デパートの旗ひらひらと火事の雲 横山白虹
>>〔58〕個室のやうな明るさの冬来る  廣瀬直人
>>〔57〕ほこりつぽい叙情とか灯を積む彼方の街 金子兜太
>>〔56〕一瞬で耳かきを吸う掃除機を見てしまってからの長い夜 公木正
>>〔55〕底紅や黙つてあがる母の家    千葉皓史
>>〔54〕仲秋の金蠅にしてパッと散る  波多野爽波
>>〔53〕つきの光に花梨が青く垂れてゐる。ずるいなあ先に時が満ちてて 岡井隆
>>〔52〕ひるすぎの小屋を壊せばみなすすき 安井浩司
>>〔51〕ある年の子規忌の雨に虚子が立つ  岸本尚毅
>>〔50〕ときじくのいかづち鳴つて冷やかに 岸本尚毅
>>〔49〕季すぎし西瓜を音もなく食へり 能村登四郎
>>〔48〕みづうみに鰲を釣るゆめ秋昼寝   森澄雄
>>〔47〕八月は常なる月ぞ耐へしのべ   八田木枯
>>〔46〕まはし見る岐阜提灯の山と川   岸本尚毅
>>〔45〕八月の灼ける巌を見上ぐれば絶倫といふ明るき寂寥  前登志夫
>>〔44〕夏山に勅封の大扉あり     宇佐美魚目
>>〔43〕からたちの花のほそみち金魚売  後藤夜半
>>〔42〕雲の中瀧かゞやきて音もなし   山口青邨
>>〔41〕又の名のゆうれい草と遊びけり  後藤夜半
>>〔40〕くらき瀧茅の輪の奥に落ちにけり 田中裕明
>>〔39〕水遊とはだんだんに濡れること 後藤比奈夫
>>〔38〕ぐじやぐじやのおじやなんどを朝餉とし何で残生が美しからう 齋藤史
>>〔37〕無方無時無距離砂漠の夜が明けて 津田清子
>>〔36〕麦よ死は黄一色と思いこむ    宇多喜代子
>>〔35〕馬の背中は喪失的にうつくしい作文だった。 石松佳
>>〔34〕黒き魚ひそみをりとふこの井戸のつめたき水を夏は汲むかも 高野公彦
>>〔33〕露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな  攝津幸彦
>>〔32〕プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ 石田波郷
>>〔31〕いけにえにフリルがあって恥ずかしい 暮田真名
>>〔30〕切腹をしたことがない腹を撫で   土橋螢
>>〔29〕蟲鳥のくるしき春を不爲     高橋睦郎
>>〔28〕春山もこめて温泉の国造り    高濱虚子
>>〔27〕毛皮はぐ日中桜満開に      佐藤鬼房
>>〔26〕あえかなる薔薇撰りをれば春の雷 石田波郷
>>〔25〕鉛筆一本田川に流れ春休み     森澄雄
>>〔24〕ハナニアラシノタトヘモアルゾ  「サヨナラ」ダケガ人生ダ 井伏鱒
>>〔23〕厨房に貝があるくよ雛祭    秋元不死男
>>〔22〕橘や蒼きうるふの二月尽     三橋敏雄
>>〔21〕詩に瘦せて二月渚をゆくはわたし 三橋鷹女

>>〔20〕やがてわが真中を通る雪解川  正木ゆう子
>>〔19〕春を待つこころに鳥がゐて動く  八田木枯
>>〔18〕あっ、ビデオになってた、って君の声の短い動画だ、海の 千種創一
>>〔17〕しんしんと寒さがたのし歩みゆく 星野立子
>>〔16〕かなしきかな性病院の煙出   鈴木六林男
>>〔15〕こういうひとも長渕剛を聴くのかと勉強になるすごい音漏れ 斉藤斎藤
>>〔14〕初夢にドームがありぬあとは忘れ 加倉井秋を
>>〔13〕氷上の暮色ひしめく風の中    廣瀬直人
>>〔12〕旗のごとなびく冬日をふと見たり 高浜虚子
>>〔11〕休みの日晝まで霜を見てゐたり  永田耕衣

>>〔10〕目薬の看板の目はどちらの目 古今亭志ん生
>>〔9〕こぼれたるミルクをしんとぬぐふとき天上天下花野なるべし 水原紫苑
>>〔8〕短日のかかるところにふとをりて  清崎敏郎
>>〔7〕GAFA世界わがバ美肉のウマ逃げよ  関悦史
>>〔6〕生きるの大好き冬のはじめが春に似て 池田澄子
>>〔5〕青年鹿を愛せり嵐の斜面にて  金子兜太
>>〔4〕ここまでは来たよとモアイ置いていく 大川博幸
>>〔3〕昼ごろより時の感じ既に無くなりて樹立のなかに歩みをとどむ 佐藤佐太郎
>>〔2〕魚卵たべ九月些か悔いありぬ  八田木枯
>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅      森澄雄


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 父の日やある決意してタイ結ぶ 清水凡亭【季語=父の日(夏)】
  2. 真っ白な息して君は今日も耳栓が抜けないと言う 福田若之【季語=真…
  3. ラグビーのゴールは青き空にあり 長谷川櫂【季語=ラグビー(冬)】…
  4. 誕生日の切符も自動改札に飲まれる 岡田幸生
  5. 隠岐やいま木の芽をかこむ怒濤かな 加藤楸邨【季語=木の芽(春)】…
  6. 骨拾ふ喉の渇きや沖縄忌 中村阪子【季語=沖縄忌(夏)】
  7. みかんむくとき人の手のよく動く 若杉朋哉【季語=蜜柑(冬)】
  8. 息触れて初夢ふたつ響きあふ 正木ゆう子【季語=初夢(新年)】

おすすめ記事

  1. 【冬の季語】ラグビー
  2. 【冬の季語】早梅
  3. よし切りや水車はゆるく廻りをり 高浜虚子【季語=葭切(夏)】
  4. 俳句おじさん雑談系ポッドキャスト「ほぼ週刊青木堀切」【#4】
  5. 雲の峰ぬつと東京駅の上 鈴木花蓑【季語=雲の峰(夏)】
  6. 神保町に銀漢亭があったころ【第90回】矢野春行士
  7. 【秋の季語】秋の蛇
  8. 乾草は愚かに揺るる恋か狐か 中村苑子【季語=乾草(夏)】
  9. 全国・俳枕の旅【第72回】 松山・石手寺と篠原梵
  10. 「パリ子育て俳句さんぽ」【1月22日配信分】

Pickup記事

  1. 【書評】渡辺花穂 第一句集『夏衣』(北辰社、2020年)
  2. 【夏の季語】蓮の花
  3. 天籟を猫と聞き居る夜半の冬 佐藤春夫【季語=夜半の冬(冬)】
  4. 取り除く土の山なす朧かな 駒木根淳子【季語=朧(春)】
  5. 【第5回】ワイキキや黴臭きものなにもなし/千野千佳
  6. 迷宮へ靴取りにゆくえれめのぴー 中嶋憲武
  7. 旗のごとなびく冬日をふと見たり 高浜虚子【季語=冬日(冬)】
  8. 神保町に銀漢亭があったころ【第66回】阪西敦子
  9. 神保町に銀漢亭があったころ【第23回】松代展枝
  10. 少女期は何かたべ萩を素通りに 富安風生【季語=萩(秋)】
PAGE TOP