ハイクノミカタ

底紅や黙つてあがる母の家 千葉皓史【季語=底紅(秋)】


底紅や黙つてあがる母の家

千葉皓史


「母の家」だから、その家は母のものである。およそ作中の人物(子)とは別居しており、父はすでに居らず一人。そういう母を想像させる。「黙つてあがる」だから母は留守で、合鍵かなんかで入ったのだろう。中七の無骨な印象が息子らしい感じを思わせる。

底紅、つまり木槿はどこか鄙ぶりな花である。「母の家」は郊外とか、もっと地方とか、そういうところにある平家なのかもしれない。夜半の「底紅の咲く隣にもまなむすめ」もそういう家並みを思わせる。玄関のあたりに底紅が咲いているのか、あるい家の中から外の木槿が見えるのか。室内に活けてあるというよりは、外にある感じがする。

木槿の白が秋の日差しをうけて、ほどほどに眩しい。一方、家の中は、留守の静けさと昏さ、少しの冷えで満ちている。母もいずれは亡くなるだろう。そのいずれ来るであろう未来、家主を失った家のあり様が今すでにここにある、そういう淋しい想像力働かないでもない。

山本健吉は、石鼎の「秋風や模様のちがふ皿二つ」(前書:父母のあたたかきふところにさへ入ることをせぬ放浪の子は、伯州米子に去つて仮の宿りをなす)を評して、「二枚の皿の模様の違いという微細なものをとらえて、しかもそこに打ち出された作者の主観は非常に強いのである。梶井基次郎が一顆の檸檬に心の贅沢を見出したように、ここには不ぞろいな二枚の皿の模様に凝結した作者の憂愁と倦怠とがある(『定本・現代俳句』・一九九八年)」と述べたが、この句もその評同様に取り合わせによって句の余白が豊かに語られている例と言えるだろう。斡旋された「底紅」の動かなさ。取り合わせの作り方の一つとして、お手本のような句ではないだろうか。

安里琉太



【安里琉太さんの第一句集『式日』は絶賛発売中↓】


【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



安里琉太のバックナンバー】

>>〔54〕仲秋の金蠅にしてパッと散る  波多野爽波
>>〔53〕つきの光に花梨が青く垂れてゐる。ずるいなあ先に時が満ちてて 岡井隆
>>〔52〕ひるすぎの小屋を壊せばみなすすき 安井浩司
>>〔51〕ある年の子規忌の雨に虚子が立つ  岸本尚毅
>>〔50〕ときじくのいかづち鳴つて冷やかに 岸本尚毅
>>〔49〕季すぎし西瓜を音もなく食へり 能村登四郎
>>〔48〕みづうみに鰲を釣るゆめ秋昼寝   森澄雄
>>〔47〕八月は常なる月ぞ耐へしのべ   八田木枯
>>〔46〕まはし見る岐阜提灯の山と川   岸本尚毅
>>〔45〕八月の灼ける巌を見上ぐれば絶倫といふ明るき寂寥  前登志夫
>>〔44〕夏山に勅封の大扉あり     宇佐美魚目
>>〔43〕からたちの花のほそみち金魚売  後藤夜半
>>〔42〕雲の中瀧かゞやきて音もなし   山口青邨
>>〔41〕又の名のゆうれい草と遊びけり  後藤夜半
>>〔40〕くらき瀧茅の輪の奥に落ちにけり 田中裕明
>>〔39〕水遊とはだんだんに濡れること 後藤比奈夫
>>〔38〕ぐじやぐじやのおじやなんどを朝餉とし何で残生が美しからう 齋藤史
>>〔37〕無方無時無距離砂漠の夜が明けて 津田清子
>>〔36〕麦よ死は黄一色と思いこむ    宇多喜代子
>>〔35〕馬の背中は喪失的にうつくしい作文だった。 石松佳
>>〔34〕黒き魚ひそみをりとふこの井戸のつめたき水を夏は汲むかも 高野公彦
>>〔33〕露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな  攝津幸彦
>>〔32〕プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ 石田波郷
>>〔31〕いけにえにフリルがあって恥ずかしい 暮田真名
>>〔30〕切腹をしたことがない腹を撫で   土橋螢
>>〔29〕蟲鳥のくるしき春を不爲     高橋睦郎
>>〔28〕春山もこめて温泉の国造り    高濱虚子
>>〔27〕毛皮はぐ日中桜満開に      佐藤鬼房
>>〔26〕あえかなる薔薇撰りをれば春の雷 石田波郷
>>〔25〕鉛筆一本田川に流れ春休み     森澄雄
>>〔24〕ハナニアラシノタトヘモアルゾ  「サヨナラ」ダケガ人生ダ 井伏鱒
>>〔23〕厨房に貝があるくよ雛祭    秋元不死男
>>〔22〕橘や蒼きうるふの二月尽     三橋敏雄
>>〔21〕詩に瘦せて二月渚をゆくはわたし 三橋鷹女

>>〔20〕やがてわが真中を通る雪解川  正木ゆう子
>>〔19〕春を待つこころに鳥がゐて動く  八田木枯
>>〔18〕あっ、ビデオになってた、って君の声の短い動画だ、海の 千種創一
>>〔17〕しんしんと寒さがたのし歩みゆく 星野立子
>>〔16〕かなしきかな性病院の煙出   鈴木六林男
>>〔15〕こういうひとも長渕剛を聴くのかと勉強になるすごい音漏れ 斉藤斎藤
>>〔14〕初夢にドームがありぬあとは忘れ 加倉井秋を
>>〔13〕氷上の暮色ひしめく風の中    廣瀬直人
>>〔12〕旗のごとなびく冬日をふと見たり 高浜虚子
>>〔11〕休みの日晝まで霜を見てゐたり  永田耕衣

>>〔10〕目薬の看板の目はどちらの目 古今亭志ん生
>>〔9〕こぼれたるミルクをしんとぬぐふとき天上天下花野なるべし 水原紫苑
>>〔8〕短日のかかるところにふとをりて  清崎敏郎
>>〔7〕GAFA世界わがバ美肉のウマ逃げよ  関悦史
>>〔6〕生きるの大好き冬のはじめが春に似て 池田澄子
>>〔5〕青年鹿を愛せり嵐の斜面にて  金子兜太
>>〔4〕ここまでは来たよとモアイ置いていく 大川博幸
>>〔3〕昼ごろより時の感じ既に無くなりて樹立のなかに歩みをとどむ 佐藤佐太郎
>>〔2〕魚卵たべ九月些か悔いありぬ  八田木枯
>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅      森澄雄


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 日本の元気なころの水着かな 安里琉太【季語=水着(夏)】
  2. たべ飽きてとんとん歩く鴉の子 高野素十【季語=鴉の子(夏)】
  3. 木犀や同棲二年目の畳 髙柳克弘【季語=木犀(秋)】
  4. 青い薔薇わたくし恋のペシミスト 高澤晶子【季語=薔薇(夏)】
  5. 一臓器とも耕人の皺の首 谷口智行【季語=耕人(春)】
  6. さよならと梅雨の車窓に指で書く 長谷川素逝【季語=梅雨(夏)】
  7. 夕立や野に二筋の水柱 広江八重桜【季語=夕立(夏)】
  8. 目つぶりて春を耳嚙む処女同志 高篤三【季語=春(春)】

おすすめ記事

  1. こまごまと大河のごとく蟻の列 深見けん二【季語=蟻(夏)】
  2. 【#18】チャップリン映画の愉しみ方
  3. 【秋の季語】秋蝶
  4. 「パリ子育て俳句さんぽ」【6月18日配信分】
  5. 【冬の季語】待春
  6. 詠みし句のそれぞれ蝶と化しにけり 久保田万太郎【季語=蝶(春)】
  7. 【春の季語】沙翁忌
  8. 【冬の季語】春近し
  9. 雲の峰ぬつと東京駅の上 鈴木花蓑【季語=雲の峰(夏)】
  10. 主よ人は木の髄を切る寒い朝 成田千空【季語=寒い(冬)】

Pickup記事

  1. 若葉してうるさいッ玄米パン屋さん 三橋鷹女【季語=若葉(夏)】
  2. 【秋の季語】流星/流れ星 夜這星 星流る 星飛ぶ 星糞
  3. 【新年の季語】左義長
  4. とらが雨など軽んじてぬれにけり 一茶【季語=虎が雨(夏)】
  5. 【冬の季語】襟巻
  6. 海に出て綿菓子買えるところなし 大高翔
  7. 黒岩さんと呼べば秋気のひとしきり 歌代美遥【季語=秋気(秋)】
  8. 笠原小百合の「競馬的名句アルバム」【第5回】2013年有馬記念・オルフェーヴル
  9. サマーセーター前後不明を着こなしぬ 宇多喜代子【季語=サマーセーター(夏)】
  10. 月光や酒になれざるみづのこと 菅 敦【季語=月光(秋)】
PAGE TOP