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後鳥羽院鳥羽院萩で擲りあふ 佐藤りえ【秋の季語=萩(冬)】


後鳥羽院鳥羽院萩で擲りあふ

佐藤りえ


人の名前がおぼえられず、そこそこ不便な人生を送っている。たとえばヴィム・ヴェンダースジム・ジャームッシュ。どっちがどっちかしょっちゅうわからなくなる。ぜんぜん作品ちがうじゃん!といわれても困る。わたしにとってこのふたつは、言葉の響き合いがふんわりと鏡像を形成しているのだ。

後鳥羽院鳥羽院萩で擲りあふ  佐藤りえ

『景色ーLANDSCAPE』より。はじめてこの句を目にしたとき、わたしがまっさきに連想したのは、石部明の〈オルガンとすすきになって殴りあう〉である。暴力的なまでの任意性によってえらばれた〈オルガン〉と〈すすき〉が、その運命の暴力性を体現するかのように殴りあっているのが石部の句であるとしたら、いっぽう佐藤の句は、ほとんど鏡像にみえる〈後鳥羽院〉と〈鳥羽院〉とが偽の自分を叩き潰すかのような、とてもユーモラスな分身劇の一幕を思わせる。

鏡像的な闘う二者、といっても、宮さんたちが萩を振りかざしてふわりふわりとやりあうのだから、どうしたって間の抜けたことにしかならない。その不条理な光景は解釈の屈折を生み出す魅力にあふれ、その屈折がまた「鏡像」というしかけに見合っていて、読者は逸脱的に育まれてゆくイメージの快楽に身を浸すことになる。

さてここからは余談だけれど、後鳥羽院と鳥羽院が萩の歌で勝負したとしたら、結果は後鳥羽院の圧勝だろう。なにしろこんな歌を詠んでいるのだから。

月すめば露を霜かとみやぎ野のこはぎが原はなほ秋のかぜ

『後鳥羽院御集』より。宮城野の小萩が原はなお秋の風ですよ。かっこいいなあ。宮城野は宮城県仙台市の東部にあった原野で、古代から歌枕として和歌に詠まれた場所だ。

小津夜景


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【執筆者プロフィール】
小津夜景(おづ・やけい)
1973年生まれ。俳人。著書に句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂、2016年)、翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版、2018年)、近刊に『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』(素粒社、2020年)。ブログ「小津夜景日記


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