馬の背中は喪失的にうつくしい作文だった。 石松佳


馬の背中は喪失的にうつくしい作文だった。

石松佳


石松佳の詩「絵の中の美濃吉」の一節を引いた。この詩が所載されている『針葉樹林』(思潮社・2020)の、その帯にも取り上げられている一節だ。「馬」や「喪失的にうつくしい」というところは、ともすれば懐かしい感じすらするのだけれど、「作文」という言葉を持ってきたことにかなりの凄みを感じる。

私は現代詩をそれほど読み込んでいないし、なので決して良い読者とは言えないのだけれど、いやだからこそというべきか、折に触れて『針葉樹林』を読み返す度におもしろく感じる点が新しく見つかっては嬉しくなる。

そうやって気づいたことを一度まとめておけたらと思っていたところに、郡司和斗さんから、本野櫻魚(★)さんと『焚火』という雑誌を創刊する旨、またその創刊号で読書会を企画するので私にゲストとして出て欲しいという旨の連絡をもらった。ありがたい依頼だった。それで我ながら結構頑張って喋った。読書会なのに一人で長く喋ってしまって迷惑をかけたかもしれない。本日(2022.05.29)、東京流通センター第一展示場で開催される「文学フリマ東京」で手に入れることができるそうなので、ぜひご笑覧頂きたい。

https://c.bunfree.net/c/tokyo34/24195

私はその刷り上がった『焚火』にまだ触れられてはいないのだけれど、たぶんきっといい仕上がりに違いない。

『針葉樹林』の「swimming school」という詩には、次のような瑞々しい一節がある。

夭さとは
森でしょうか、霊廟でしょうか
一竿の旗が翻り
swimmerたちの投身

俳句の短さの中で書いていると、やたらに言葉を「引き算」する癖がついてしまっていて無駄な表現はないか探してしまう。このほとんど病じみた観点(この観点は、言葉の誤用を取り締まりたがる日本語ポリスメンとか、マナー講師崩れが言いそうな教条主義を盲信してそれに乗っかることに痺れるほど快楽を感じてしまう信徒とかと相性がいいよなと常々思っている)から言葉を見ていくと、時に「一竿」という言葉の必要性を不意に測ってしまう。しかし、単に「旗が翻り」というよりも「一竿の旗」という方が、およそ白かろう旗のイメージがよく見える気がする。そしてまた「一竿の旗」という表現は、犬塚堯の詩「石油」の中にも出てくる。

驚くのは
道徳を仕上げて消えた王朝が
地下になお一竿の旗をもつことだ
そのとき僕は
湧き立つ新平野の秩序に入ってゆけるか
はじめて見る事実と虚偽を
直ちに区別できるか

犬塚のこの一節の極まりを、私はかつて石松と特に関わりのないものとして読んでいた。『焚火』の読書会のあとに、そういえばと思い出したことだ。

(★)「魚」の字体は、れんが部分が「大」。

安里琉太


【この詩が読める本はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



安里琉太のバックナンバー】

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>>〔33〕露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな  攝津幸彦
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>>〔10〕目薬の看板の目はどちらの目 古今亭志ん生
>>〔9〕こぼれたるミルクをしんとぬぐふとき天上天下花野なるべし 水原紫苑
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>>〔4〕ここまでは来たよとモアイ置いていく 大川博幸
>>〔3〕昼ごろより時の感じ既に無くなりて樹立のなかに歩みをとどむ 佐藤佐太郎
>>〔2〕魚卵たべ九月些か悔いありぬ  八田木枯
>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅      森澄雄


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