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かゝる世もありと暮しぬ春炬燵 松尾いはほ【季語=春炬燵(春)】

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かゝる世もありと暮しぬ春炬燵

松尾いはほ(まつお・いわお)


頼みますよ、いくらなんでも寒すぎましたよ、水曜とか(これを書いている日です)。やる気なくなっちゃうですよ、せっかく週末に八王子城を踏破して、すっきりしてたのに。

八王子城踏破の筋肉痛は、すでに4日間ふくらはぎにとどまっていて、治ったと思ってもあまり動かずに座っていると冷え切って痛みが戻る。ああ、こんなときに春炬燵があったならなあ(わ、わざとらしい)…。

かゝる世もありと暮しぬ春炬燵

わが家には炬燵はなく、従って、春炬燵の生活もない。ので、「かかる世」もどこかにはあるんだなあ…と遠く思うわけなのだけれど…。などと、わたしの例を引くまでもなく、今は春炬燵にいながら、過去に春炬燵どころではないような暮らしを知っている人の言いぐさであることが、予想される。

松尾いはほは明治十五年、京都市中京に生まれて、三高(旧制第三高等学校)を出て、京都帝大医学部卒業、内科教室に勤務し、助教授となって、京都病院院長になって、医学博士になって、教授となって、帝大附属病院院長になった人だ。この間に二度の洋行(一度目はアメリカ、イギリス、フランス、スイス、ドイツと本人のプロフィールにある)をしたりもしている、激しきエリートだ。やれやれ、おつかれさまでございます。

昭和七年に病院長を辞し、昭和十二年(この句集が出される一年前だ)に大学教授を辞している。このうちのどの時点で俳句をどのように始めたのかは、一切記録にない。だいたい、この本のプロフィールの体裁は自由で、俳句以外のことではどんな人かわからない人もあれば、いはほのように、俳句とのかかわりが全くわからない人もいる。

作品のほぼ半数には京都の地名や風物が詠まれて、それは典雅なのだけれど、ときどきのこんなふとした句に、それどころではないときの横顔がふとよぎるのが、なかなか地味部会、って何だこの変換は、滋味深いのだ。

とはいえ、ほとんどの句は穏やかな視線によって見出されたもの。なのだけれど、連休が近いばたばたした春の終わりに、ふとこの句を紹介したくなった。そのうちまた季節を変えてほかの句も紹介したい。

そのそろ本当に夏が待ち遠しい。さあ、連休まであと1週間。

澤瀉や舟は浦戸をはなれたり                 いはほ

『ホトトギス同人句集』(1938年)

阪西敦子


【阪西敦子のバックナンバー】

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>>〔80〕先生はいつもはるかや虚子忌来る  深見けん二
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>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



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