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東京に居るとの噂冴え返る 佐藤漾人【季語=冴え返る(春)】

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東京に居るとの噂冴え返る

佐藤漾人(さとう・ようじん)


今年は今日、東京で過ごす。去年も確か東京にいたはずだ。年によって、いなかったこともあったけれど、十一年前も東京にいた。

そういえば、その年も三月十一日は金曜日だった。

当時の勤め先は週と曜日によって来る人が違って、その日に会った人を思い出せば、何曜日がわかった。その日は午後、上智大学の大輪靖宏先生が鎌倉からいらしていた。金曜日だった。

東京に居るとの噂冴え返る      

「冴え返る」は春に向かって進む時間が戻ったかのように、「冴え」、つまり鋭い寒さが戻ること。気温の具合であることもあろうし、日差のないことによるもの、風の強さ、乾燥や、いつもと違う場所に行ったこと、体感、つまり自分の体調や、ときに心理状態によるものも。

私自身、最近体調を崩して、こんなに数日のうちに、あるいは一日の内に変化する「冴え」を改めて感じたような次第。

前半、「東京に居るとの噂」は実に複合的だ。噂である限り、それはたいがい他人のことであるわけなのだけれど、それが東京に居る人の視点なのか、東京以外に居る人の視点なのか、東京以外であれば、東京より北にあるいは南に居るのか、居所が知りたかったのか、知りたくなかったのか、接触したいのか、遠ざけておきたいのか。

しかしながら、この定かではないところ、読者に委ねられているところが、また絶妙といえる。なぜならば、心理的な影響による「冴え返り」には、緊張による「冴え返り」も、安堵による「冴え返り」もきっとあるからだ。読者は自分の最適な「冴え返り」状態を、各自に再現するのだろう。

噂ではあるけれど、知らなかったときとは印象の変わることがあって、そうはいっても噂である限り必ずとは言えない宙ぶらりんな状況、嚙めば噛むほどあやしくなる。

さて、十一年前、大輪先生がご自宅に到着されたのは翌日だったと伺った。確か、翌朝、奥様に電話が通じて、今寝ていますと聞いたのだったと思う。東京と鎌倉の思いのほかの遠さはもちろんなのだけれど、その時、その時、私がどこの場所に居て、何よりも先にどこの場所に生まれて、誰と出会うか、そういうことは本当に偶然だという気の遠くなる感覚、季節の変わり目の危うさのようなものが、掲句が呼び覚ます感触と何か似ている。

季節の変わり目と言えば、ここ数週間、何年もこんなことなかったくらいに、寝ても寝ても眠れてしまう。また、盛大な寝坊をして、あたたかくなる週末を逃してしまわないように、今夜はいつもよりも早めに寝てみます。

『ホトトギス同人句集』(1938年)

阪西敦子


【阪西敦子のバックナンバー】

>>〔75〕落椿とはとつぜんに華やげる     稲畑汀子
>>〔74〕見てゐたる春のともしびゆらぎけり 池内たけし
>>〔73〕諸事情により、おやすみ
>>〔72〕春雪の一日が長し夜に逢ふ      山田弘子
>>〔71〕早春や松のぼりゆくよその猫    藤田春梢女
>>〔70〕よき椅子にもたれて話す冬籠    池内たけし
>>〔69〕犬去れば次の犬来る鳥総松     大橋越央子
>>〔68〕左義長のまた一ところ始まりぬ      三木
>>〔67〕絵杉戸を転び止まりの手鞠かな    山崎楽堂
>>〔66〕年を以て巨人としたり歩み去る     高浜虚子
>>〔65〕クリスマス近づく部屋や日の溢れ  深見けん二
>>〔64〕突として西洋にゆく暖炉かな     片岡奈王
>>〔63〕茎石に煤をもれ来る霰かな      山本村家
>>〔62〕山茶花の日々の落花を霜に掃く    瀧本水鳴
>>〔61〕替へてゐる畳の上の冬木影      浅野白山
>>〔60〕木の葉髪あはれゲーリークーパーも  京極杞陽

>>〔59〕一陣の温き風あり返り花       小松月尚
>>〔58〕くゝ〳〵とつぐ古伊部の新酒かな   皿井旭川
>>〔57〕おやすみ
>>〔56〕鵙の贄太古のごとく夕来ぬ      清原枴童
>>〔55〕車椅子はもとより淋し十三夜     成瀬正俊
>>〔54〕虹の空たちまち雪となりにけり   山本駄々子
>>〔53〕潮の香や野分のあとの浜畠     齋藤俳小星
>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に      高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸   後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻      歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり       永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり    田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく     成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫        川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り    千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり    千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
>>〔42〕ール買ふ紙幣(さつ)をにぎりて人かぞへ  京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉

>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり   赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜     飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵       岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く      千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ      森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女

>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



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