ハイクノミカタ

よき椅子にもたれて話す冬籠 池内たけし【季語=冬籠(冬)】


よき椅子にもたれて話す冬籠

池内たけし

大寒も折り返しの金曜、みなさま、いかがお過ごしですか。来週の今日は立春、水星逆行もあと一週間、どうにか乗り越えられる兆しのあるようなないような。

それにしても、蔓延防止重点措置のせいか、曜日の感覚が薄い。朝から晩まで椅子に座ってほとんど動かずに、食事して仕事して食事して仕事して食事して少し本読んで…いるからだろう。
そんな時間、ずっと私が座っているのも椅子。

冬籠と今の状況は全く違うものだけど、閉じ込められた鬱々とした気持ちに、すこしの共通点はあるだろう。と思うのだけれど、この句は、一体どういうことだろう。

よき椅子にもたれて話す冬籠

もういいじゃん、最高よ。
よき椅子だし、もたれちゃうし。
座れば君もパリにひとっとび~♪(参考:ゴロワーズを吸ったことがあるかい

このムッシュ感に溢れる句を味わっていると、冬籠も大寒の家籠りも、少し和らいでくる。

膝には猫、テーブルにはスコッチ、足元には犬、籠にはインコ…。まあ、そんなに集めなくてもいいけれど、このあたりがここ最近見た英国ミステリーで、自宅で主人公がものを考えるときのしつらえ。
英国ミステリーの直後に、日本の刑事ドラマが始まったりすると、よくわかるのだけれど、たとえ警察署の中であっても、イギリスのドラマの画面は陰影が豊富だ。薄暗い室内にもかかわらず生まれる不思議な温かさ。

なんて、パリから始まった話がいつの間にやらイギリスの話になってしまったけれど、冬籠にする話はそのぐらいの柔軟さが欲しい。だいたい、よき椅子ってなんだろう、お好きな席へってことか、すてきな椅子ってことか、そのあたりもよくわかないのだけれど(今、わが家にある椅子で座れる椅子は一客だけだからかもしれない。そのほかの一つには本が積んであって、もうひとつには畳んだ服が積んである)、そのよき椅子に座って、前かがみなんてならないで(そういう私は今、ノートパソコンの画面をのぞき込んでものすごく猫背だ)背もたれに体をゆだねて、とりとめのない話をするんだろう。

冬ももうわずか、とすれば、冬籠できる期間もわずか、その最後の週末、椅子に座って語らう(電話でもいい、独り言だって)というのはどうだろうか。
春立つ前の週末、みなさまにムッシュな時間が訪れますように。

『ホトトギス同人句集』(1938年)

阪西敦子


【阪西敦子のバックナンバー】

>>〔69〕犬去れば次の犬来る鳥総松     大橋越央子
>>〔68〕左義長のまた一ところ始まりぬ      三木
>>〔67〕絵杉戸を転び止まりの手鞠かな    山崎楽堂
>>〔66〕年を以て巨人としたり歩み去る     高浜虚子
>>〔65〕クリスマス近づく部屋や日の溢れ  深見けん二
>>〔64〕突として西洋にゆく暖炉かな     片岡奈王
>>〔63〕茎石に煤をもれ来る霰かな      山本村家
>>〔62〕山茶花の日々の落花を霜に掃く    瀧本水鳴
>>〔61〕替へてゐる畳の上の冬木影      浅野白山
>>〔60〕木の葉髪あはれゲーリークーパーも  京極杞陽
>>〔59〕一陣の温き風あり返り花       小松月尚
>>〔58〕くゝ〳〵とつぐ古伊部の新酒かな   皿井旭川
>>〔57〕おやすみ
>>〔56〕鵙の贄太古のごとく夕来ぬ      清原枴童
>>〔55〕車椅子はもとより淋し十三夜     成瀬正俊
>>〔54〕虹の空たちまち雪となりにけり   山本駄々子
>>〔53〕潮の香や野分のあとの浜畠     齋藤俳小星
>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に      高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸   後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻      歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり       永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり    田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく     成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫        川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り    千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり    千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
>>〔42〕ール買ふ紙幣(さつ)をにぎりて人かぞへ  京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉
>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり   赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜     飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵       岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く      千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ      森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女


>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 舌荒れてをり猟銃に油差す 小澤實【季語=猟銃(冬)】
  2. 昨日より今日明るしと雪を掻く 木村敏男【季語=雪を掻く(冬)】
  3. この人のうしろおびただしき螢 飯島晴子【季語=蛍(夏)】
  4. ひきつゞき身のそばにおく雪兎 飯島晴子【季語=雪兎(冬)】
  5. 青嵐神木もまた育ちゆく 遠藤由樹子【季語=青嵐(夏)】
  6. 菜の花や月は東に日は西に 与謝蕪村【季語=菜の花(春)】
  7. 秋灯の街忘るまじ忘るらむ 髙柳克弘【季語=秋灯(秋)】
  8. 松葉屋の女房の円髷や酉の市 久保田万太郎【季語=酉の市(冬)】

おすすめ記事

  1. 髪ほどけよと秋風にささやかれ 片山由美子【季語=秋風(秋)】
  2. 【冬の季語】南天の実
  3. 藁の栓してみちのくの濁酒 山口青邨【季語=濁酒(秋)】
  4. 【#45】マイルス・デイヴィスと中平卓馬
  5. 秋茄子の漬け色不倫めけるかな 岸田稚魚【季語=秋茄子(秋)】
  6. 後輩の女おでんに泣きじゃくる 加藤又三郎【季語=おでん(冬)】
  7. 「野崎海芋のたべる歳時記」パテ・ド・カンパーニュ
  8. 【夏の季語】扇風機
  9. 【春の季語】春分の日
  10. 白息の駿馬かくれもなき曠野 飯田龍太【季語=白息(冬)】

Pickup記事

  1. 【俳書探訪】井上泰至『俳句のマナー、俳句のスタイル』(本阿弥書店)
  2. 俳句おじさん雑談系ポッドキャスト「ほぼ週刊青木堀切」【#5】
  3. 【冬の季語】冬籠
  4. 復讐の馬乗りの僕嗤っていた 福田若之
  5. 竹秋や男と女畳拭く 飯島晴子【季語=竹秋(春)】
  6. 氷上と氷中同じ木のたましひ 板倉ケンタ【季語=氷(冬)】
  7. 野分吾が鼻孔を出でて遊ぶかな 永田耕衣【季語=野分(秋)】
  8. 【夏の季語】草田男忌/炎熱忌
  9. 「パリ子育て俳句さんぽ」【12月11日配信分】
  10. 「パリ子育て俳句さんぽ」【9月11日スタート】
PAGE TOP