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おでん屋の酒のよしあし言ひたもな 山口誓子【季語=おでん(冬)】


おでん屋の酒のよしあし言ひたもな

山口誓子(やまぐちせいし)))


もう、寒い。

寒いのに弱いから、住んでいるところもある町だけれど、そこそこ東にあるのでそこそこ寒い。

いつもつけているチャンネルも、暖炉やらストーブやらが出るからうれしいのに、横溝正史なんかを特集して、寒々しい。それにしても牛後さんの言う通りだ。ストーブの近くは、快適とは限らない。

それでも、みなさん、金曜ですよ。

今週前半に句会があって、詠み込みの句に向かい合うべく歳時記の十二月の季題をすべて見る時間を持った。といっても愛用の歳時記は『虚子編新歳時記』、そんなにページがあるわけでもない。全部の季題と例句が少し目に入るくらいのスピードでめくってゆく。

虚子編新歳時記は、虚子がそれぞれの解説も書いていて、それに目がとまって何を探していたのかわからなくなることもたびたび。「客観写生」を唱えた虚子の、主観が炸裂する解説の中に、「汁・鍋」の一連の季題がある。「一寸品がある」「骨が温る」「どろどろにした汁」「デパートの食品部」「幼稚な料理」…。さまざまの汁物、鍋物の解説の一節であるけれど、他についても当てはまりそうであったり、独特な主観であったり、客観的な定義とは程遠い。しかしながら、そこには一種の独断の潔さがあって、さまざまの科学的根拠や忖度やバランス感を薙ぎ払ってしまう。

その中で「おでん」の項は、羅列系。鍋に入れる具や、おでん屋の客層を羅列。中でもわたしが一番好きなのは、おでんのつきものとして「辛子と燗酒」を併記したところ。調味料と飲料、性質が違いすぎる。

それを補うように、いや、後押しするように、例句には「おでん」そのものより、「おでん屋」の句が続く。

先頭を飾るのが山口誓子の<おでん屋の時計一時に垂んと>。「垂んと」は「なんなんと」と読む、まもなくそうなろうとするところという意味。まさか昼間ではない、つまり今私がこれを書いている0時58分くらいのこと。

帰らねばならないはずだけれど、もうここまでくるとねえ、それは何かをすべきというような意味を持った時間ではなく、0時を1時間まわった時計の針の形でしかなくなるのかもしれない。ただ、そこにある時間、それがおでん屋に流れる時間。

その次に並ぶのが掲句である。

ただ時間を具象した先句とは対照的に、この句で誓子は人間を描いた。句末の「言ひたもな」の詳細な解説は難しいけれど、「言ひたむな」としたものもあることからすると、推量の趣もあって、「言ったりするんだなあ」というようなところではないかと思っている。おでん屋の、とすれば酔いも混じったような中での酒談義、そもそもが「酒のよしあし」は好みの話であって、厳密な基準などない。言ったところで大勢に影響しないことを、しかも言ったのか言わなかったのか、まあ、言ったんだろうけれど、言ったりするんだなあなんて止めている状況。

※「言ひたもな」に関しては「言ひ給ふな」なんじゃないかと橋本直氏にご指摘いただき、確かにそうだと思われる。つまり「酒の良し悪しなんで言わないで」「難しいことは抜きで」という輪の中にいる人からの呼びかけ。言ったのか言ってないのか、まあ言ったんだろうけれど、まあそんなのどうでもいいよということなのだ。

その得も言われぬはっきりとしなさ、それでもこの雰囲気としか言えない雰囲気を言いとどめたところに、この句の恐るべきリアリティがある。

虚子が雑詠選集に選んだのは、どちらかといえばクリアな1句目ではなく、こちらの句であった。その解ききれないところにこそ、「おでん」の句たる複雑かつ真実な味わいがあったのかもしれない。

ある、熟成日本酒を得意とする酒場の店主がこんなふうに言っていた。「酒はソース、だから料理と一緒に口に含む」。とすれば、虚子の「辛子と燗酒」もあながち羅列するものとしては間違ってはいないのかもしれない。

主観の中に、ある一定の真理を宿すところが、この歳時記の解説の、あるいは俳句の面白さなのだ。

と、そんなことを考えてしまうのも、この季節ならではのこと。

さあ、週末はおいしいお鍋を食べて、酒のよしあしなど。

虚子編新歳時記』所収 1934年、初版

阪西敦子


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。


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